短編集

□いっしょうのおねがい
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 桃色の桜が舞う季節を前にして降り積もった大量の雪が輝いていた。
 日の光に照らされた小さな雪原を君と歩く。

「一樹〜俺らもう卒業なんだよな〜」
「あぁ、四年間の高校生活も終わりだ」

 雪を踏み締めながら隣を歩む一樹に声をかけた。笑みを浮かべて会話をはじめるも、彼の声は暗い。
 悲しみに暮れた表情で足取りも重たく勘違いをしてしまうほどだ。卒業後の行く末が異なる俺らは卒業したら会えなくなってしまうかもしれない。そんな俺と一緒にいられなくなってしまうのが寂しいんじゃないか? なんて思っているわけがない。
 男の友情は容易く消えないし、俺も一樹も女々しいのめの字もないのだ。

「なー一樹、知ってるか?」

 なかったはずなのに最後の最後で諦められなくなってしまう。
 首を傾げた一樹のほうへと向き直り俺は一度深呼吸をした。

「俺がお前の事を好きだったって」

 意を決して口を開いたものの想像もしていなかった言葉が返ってきた。俺はいつからミスを犯したのだろう。

「……知ってた、さ」

 互いに親友だと思っていたにも関わらず俺ばかりが友情とは違う矢印を向け、好意を寄せていたことを気付かれていただなんて、最悪じゃないか。
 不思議と気持ち悪がらずに接してくれていた一樹には感謝しかないが、となればどうするのが得策なのだろうか。
 変態として名を馳せている俺ならば即座にキスのひとつやふたつしてしまうのがイメージ通りか。嫌われてもなおキャラクターを突き通す手段がある。しかしこの男だけは適当にしたくない。

「くひひひっ、何だ一樹、知ってたのか! うんうん何を隠そう、俺は一樹が好きだったんだよね。どうして知ってるのかは敢えて聞かないけど、返事は……」

 いらない。と言えてしまえばよかった。言えずに口ごもってしまったのは期待も何もしていなかったのに、一樹の表情が大きく揺れたからだった。

「一樹、一生のお願いだ」

 ここで引いてしまったら進展も後展もない。押してみたら何とかなるのだろうか。
 一樹の体に触れたい。それ以外に望むことは何一つとしてないはずなのに口に出してもなお体が動かなかった。俯いた彼に新たにかける言葉が見当たらず伸ばしかけた腕を引き始めてしまう。

「何だよ、一生のお願いって」
「一回だけでいい、抱き締めさせてくんない? そしたら……忘れるから。一樹への気持ち、全部」

 未だに触れられない。一度引いた腕を改めて伸ばすことも出来ず、俺はゆっくりと言葉をかけた。

「イヤならいいんだぜ〜? ただ言ってみただけだから──って、か、一樹!?」

 思ってもいない一樹の行動に固唾を飲んだ。突然顔を上げた彼は何の躊躇いもなく俺を正面から抱き締めてくれた。
 誰も期待したわけじゃない。願わくば程度だ。一生のお願いなんて誰しもが何度も口にし、一生の内に一度で済んでいるはずがない。ただそうとだけ言っておけばどうにか願いを聞いてくれるんじゃないかと淡い期待をしているだけ。

「お、おい……一樹? ど、どうしたんだよ〜! いくら俺でも、ちょっと焦る……」
「桜士郎が言ったんだろ?」
「いや〜抱き締めさせて欲しいって言っただけで、抱き締めて! って言ったわけじゃ……」
「何だ、俺に抱き締められるのは不満なのかよ」
「そういうわけでもないけど……」

 想像とは全く異なるシチュエーションに頭の中が真っ白になってしまいそうだ。一樹も一樹で瞬く間に視線を背けだした。
 これではまるで一方通行の恋じゃない。
 互いに想い合っている両想いパターンじゃないのか!?

「じゃあ俺からも一生のお願いだ」
「くひひっ……な、なにかな〜? 一樹クーン」
「キスしろ、俺に」

 腕の中に収まる男前は俺の目を見つめ、遂には何の恥じらいもなくそう口にした。
 両想いでなければ何と言う状況なのだろう。ただの悪ふざけで親友とキスが出来るか? 否、真っ直ぐな瞳で今にも襲いかかってきそうな男は冗談のつもりで言っていない。真剣そのものだ。
 目前に迫りくる端正な顔立ちに柄にもなく心から慌ててしまいそうになるが、ぐっと抑え込んで一樹の唇を貪った。願ってもない彼からの言葉に自分の欲求に素直になってしまう。

「俺も好きだぜ、桜士郎」

 唇が離れた途端に余裕綽々と微笑む親友は唇を拭うといつになく男らしい声で囁いた。
 さっきまでの恥じらいはもうない。繋がり合うことのできた感情が誇らしくもありながら、雪の上に腰を落としたくなってしまった。喜びだけで人はこうも体全身の力が奪われてしまうものなのか。
 必死に両足で体を支え一樹に応える。

「やっと言ってくれて嬉しいよ」
「くひひひっ……一樹から言ってくれりゃあよかったのにな〜。俺ってばヘタレだからさ」
「ヘタレで変態とか最低だな、お前」

 俺たちは暖かな陽射しが射し込むなか言葉を交わし続けた。


⇒あとがき


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