短編集

□想いよ君へ
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 夏の夜空に瞬く星々を今まで何度も見ていた。
 過去には写真にも収めていたし、この胸の奥に刻み込みさえしていた。それでも毎年のように熱帯夜のなか涼し気な表情をしたまま星空を眺め続けるのだ。
 ここ、星月学園の屋上庭園で。
 メンバーは相も変わらず生徒会の面々のはずだったんだけど──今日は嬉しいことに、なんて言ったら友人としてどうかと思うが──一樹は未だ到着していない。しかしただ見慣れない男子生徒が一人輪から遠ざかるような位置に立ち、自分たちを見つめていた。
 皆でワイワイ騒いでしまいたい俺はゆっくりと彼の元へ歩み寄る。

「君が生徒会に新しく入ったっていう男の子?」
「始めまして、雪城律です。天羽先輩に誘われて生徒会に入部しました」
「くひひ〜、ご丁寧にど〜もありがとね〜! 俺は白銀桜士郎、一応ここの卒業生なんだ。生徒会じゃなくて新聞部だったんだけどっ」

 雪城律、そう名乗った彼は真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
 だがその目は真っ直ぐなだけではない。心の底ではどこか冷たく、周囲の人間と距離を取りたそうにしているようだった。去年のはじめ、一樹が人付き合いに関して心配をしていた頃のエジソン君のように。
 
「そうなんですね。でも、どうしてまた学校に?」 
「くひひっ、エジソン君や番長……じゃなかった、現会長とマドンナちゃんから聞いてない?」

 しかし面倒そうに会話を取り止めるようなことはしない。
 しっかりとした受け答えをしている彼を見ると、俺の考えすぎだったのだろうか。この子が冷たいなど思い過ごしかもしれない。

「エジソン君、マドンナちゃん? 番長って……それらはいったい誰のことですか」
「あっれー、分かんないかー」 
「申し訳ないですが、分かりかねます」

 年上に対する対応ができた子だ。番長やマドンナちゃんを先輩にもって恵まれた環境にいるからだろう。エジソン君は先輩なんて関係なく、楽しく笑顔で関わってくれるから嬉しいと言えば嬉しいけど。
 やっぱり後輩はこうじゃなきゃね。

「くひひっ、それじゃあ、問題だー! むかーしむかしのエジソンさん、一体何をした人かなー?」
「エジソンと言えば、メンロパークの魔術師と呼ばれ、電話機や電球。発電機を発明したと記憶してますが」
「正解! それじゃあ次! 君の先輩、天羽翼君は普段何をしてるかな?」

 彼は問題の意図が分からないとでも言いだけに表情を曇らせた。だが次の瞬間にはもうエジソン君の元に視線を動かして、その様子を捉える。

「実験……ですか?」
「そっ、正解だよ〜んっ。毎日のように実験をしてるから、エジソン君。どう? 安直でしょ」
「それでマドンナちゃん……とは?」

 顔色ひとつ変えずに周囲を見渡す彼はマドンナちゃんを見つめていた。生徒会の紅一点、この場にいる女子生徒はたったひとりしかいない。
 しかしマドンナちゃんを見つめるその瞳はとても優しく、初対面の人には冷たさすら与えてしまいがちな彼の目にほのかな温もりが灯されているようにも見えた。
 前言撤回。この子は感情を表に出すことに長けていないだけで、実に分かりやすく一樹が好きそうなタイプの人間だ。

「後輩君が考えてる人で合ってるよ。俺たちのマドンナちゃん、夜久月子ちゃんでさ」
「おれ、たち……?」
「も〜、怖い顔しなーいのっ! 大丈夫、マドンナちゃんのことを狙ってはいないよ。彼女はあくまでもただの後輩なんだから、がんばんなさい、後輩君!」

 この子はマドンナちゃんに好意を抱いている。ひと目見ただけで分かった。一切追及するつもりはないが、常日頃は笑みを浮かべずに表情を固めたままの後輩君が、好きな先輩を目の前にして取り乱す姿を見てみたいと考えてしまうのは意地悪だろうか。
 彼の細くピンっと伸びた背筋を小さく叩き「ガンバレ」と応援の気持ちを込める。絶対に諦める必要はない、マドンナちゃんなら振り向いてくれるはずなんて、他人事だからこそ笑顔を浮かべてしまうのだ。
 自分自身のことには正面から向きあえずにズルズルと何度も顔を合わせてはみても一切の進展はない。学園を卒業して、大学に入学してもなお、こうして足を運ぶ。俺にはまだ――伝え切れていない気持ちがあるから。

「一樹、来なかったねぇ……エジソン君」

 天体観測を終えてから、ひとり肩を落としている背中に静かに声をかけた。俺の声に体をぴくつかせゆっくりと振り返ってくれたが、その瞳は実に弱々しく揺れている。
 他のメンバーはそれぞれ寮や特別に借りた宿直室に向かったが、俺たちふたりは庭園に残った。エジソン君は待ち望んでいる男の存在があるし、俺は俺で親友のいない間に距離を縮めててしまいたかった。

「なんだ……おーしろーか」
「なんだって、俺じゃ不満なのー? エジソン君」
「ぬははっ、別にそんなわけじゃないぞ……ただ──」 

 だがベンチの上に体育座りをし続ける彼は俯き、俺ではないアイツを待っている。名前を出さずどもその相手のことは十分に理解しているし、自分では力になれないことも知っている。
 執拗にそいつに連絡は入れてみたけれど連絡はなく、留守電を入れたところで着信もない。
 人知れず想いを抱え続けてきたこの男の肩を抱いてやることもできやしないんだ。俺は笑顔が一番似合う男に悲しげな表情をさせ続けてしまうだけ。
 
「ねぇエジソン君、恋人がいるのに他の人からキスされたらどう思う?」
「そんな冗談……笑って聞いてる余裕なんてないぞ……」
「エジソン君でもそっか……そうだよねー」

 彼を奮い立たせるために唇を重ね合わせるのであれば、自分の唇なんて安いものだ。今まで感情を吐露したことはないけれど、必死に強がっていたエジソン君も、今泣きそうに笑っている彼も見ているこっちが辛くなる。
 どうして親友は大事な恋人に悲しみを与えてしまっているのか、俺には悲しみを払拭させてあげられないのか。エジソン君を抱き締めてあげることはできやしない。
 本音をぶつけることさえも不可能なのだ。親友から恋人を奪えるはずがない。例え泣いていたとしても──無理なんだ。

「俺は……君を手に入れるためならキスだって出来ると思ってた……奪い取ることだって厭わないはずなのに」
「おー……しろー?」
「なんでだろうねぇ、俺は一樹から奪えないよ。どうしてもさ」

 意味が分からないとでも言いたげに首を傾げたエジソン君の隣からひとり分のスペースを空けて座り込んだ。その間に座るべき人がいるからこそ俺には座れない。
 
「だから、一樹が来るまでこの後も明日も待ってあげる☆ で、来た時には一緒に責めてあげるよ。なんで来なかったのさ〜寂しかったんだよ、って」

 悲しきかな、悲しきかな。
 小さく頷いたエジソン君に俺は腕を伸ばせない。彼に触れていいのは俺じゃないんだ。
 直接的な好意を向けることすらできない。風化するかも分からない感情だけを残して、俺は満天の星を見つめた。


→あとがき


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