短編集

□この男、フェリド・バートリー
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猛々しい雷鳴が響き渡る夜。
僕を見下ろすフェリド君の顔が不思議と男らしく見えた、なんてのは口が裂けても本人に言いたくはない。
ので別の言い方をしてみた。

「ごめん、なんで僕が女の子役なの?」

人間、いや吸血鬼の中で比較をしても僕はそれなりにガタイはいいほうで誰かに組み敷かれることになるとは夢にも思っていなかったくらいだ。
ましてやたった今僕を見下ろしているのは吸血鬼としては大先輩だが、体の線は細く戦闘に向いていない、寧ろ変に滲み出る妖艶さと相まって淫らな雰囲気さえも醸し出しそうな彼、フェリド君だ。力だけで押さえ付けられてるというよりかは口車に乗せられて、と言い変えるのが正しいのかもしれない。

「もークローリー君が童貞だからに決まってるでしょー。僕相手に童貞の君がリードできるとでも思ってる〜?」
「童貞童貞って、それは僕が人間だった頃の話でしょ」
「それじゃあ今は童貞じゃないって言うのかい?」
「…………否定も肯定もしないでおこうかな」

ナニかをしはじめるわけでもなく、彼は僕を押し倒したままだった。同じ男を手中に収めている優越感でもなく、この先へと進展してみたい等といった好奇心も見えない。
ただ普段通りの軽々しい態度と適当さを感じさせる物言いのせいでフェリド君の心情はいつにも増して読めないのだ。一体何をしたいのか、この一言に尽きる。

「フェリド君、僕ら吸血鬼には性欲なんてないよね?」
「女の子にムラムラしないから、君は童貞なままなんだね♪」
「質問の答えになってないんだけど?」
「どーていどーてい、クローリー君はどーていだー。どーてい万歳どーてい万歳」
「ハイハイ、童貞童貞うるさいよ、君は」
「いいじゃんいいじゃん、本当のことなんだからさ」

童貞だろうが魔法使いなどと言った幻想の中の存在に興味はない。
そもそも血液のみを欲しがる僕らに性欲はないのだ。
人間であった頃には神に身を捧げる以前には興味をもっていた性だったとしても、今は何の感情も湧いてはこない。人間の物差しで考えれば美人美女と呼ばれる類の女を見つけてもなお、自分の好みに合う血を巡らせているのかどうかなんて吸血鬼本来の欲には敵わない。
失ってしまった性欲は二度と戻ることはなかった。
正確に言えば性に対する欲求など最初からなかったのかもしれない。女と交わりたいなどの実に人間らしい感情をもっていた記憶を思い返すことはできなかったのだ。女を知らずに興味を失ったことに対しての後悔もないまま、時間を経るにつれて心の片隅に残っていた感情すらも消え欠けている──はずなのだが。
どうしてフェリド君はこうも人間の子供のように無邪気に同類と関わろうとするのか。

「物好きだな、君も。こんな童貞(仮)に興味を持つなんてさ」
「麗しい男に興味を示すなんて……人間の女みたいかい? いや童貞であれば気が向かない場合もあるかな」
「さぁ、どうだろうね。一度足りとも女として生きたことがないから分からないけど……それは俗にいう下心、性欲ってやつなのかな?」
「失敬だな君は。恋心と言ってよ、クローリー君」

恋心と謳う彼もまた吸血鬼だ。
人だった頃の感情なんて拳ほどもないはずだろう。少なくとも後から吸血鬼になった僕と比べても過去に抱いたことのある情など無くなってしまっているはずなのに。

「そうだ、そうだよ。僕は君に恋をしている」

平然と嘯く彼に溜息しか出ない。
言葉のひとつひとつを自分自身に言い聞かせている

「もしかして最近心臓を掴み出されたのかい? フェリド君。以前にも増して頭のネジが飛んでいるようだけど」
「そうかな? 僕はフェリド・バートリー、君の兄にあたる吸血鬼さ。何もおかしなところはない」
「兄が弟に恋をするのかい? 近親相姦もいいところだ」
「それは人間だったらの話だろう? 僕たちは吸血鬼だ。人とは異なる種族だからね、家畜だった頃の常識など最早関係はないよ」

しかし彼の言っていることは正しい。
人として生きていた記憶を思い出すことも難しくなるほど吸血鬼として生きてしまっている僕らにとっては、人の世の常識や法律、決まり事などは一切意味を成さないものだ。
そこに固執する必要もない。
が、だからといってこの状況を理解し受け入れるのも馬鹿馬鹿しい。

「フェリド君、口車に乗せられてここまで流された僕もいけないのだけれど……そろそろ退いてくれないかな?」
「どうして? このままキスのひとつやふたつしてもいいんじゃないかな?」

馬鹿馬鹿しいのと同じくらい、フェリド君が他人の話を聞かないこと知っている。

「……勝手にしたらいいさ。僕に拒否権なんてないんだろ?」
「ご名答☆」

人間であろうが吸血鬼だろうがきっと彼には敵わない。
いいように手のひらで転がされて、瞬く間に初めての口付けを奪われてしまうのだろう。
妖しく笑うこの男に。



2017*09*13




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