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□変化して
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呆れ顔であるクロスと、冷や汗ダラダラの玲子。
『あの、その、…すみませんでした』
またか。主語が抜けている言葉に呟くクロス。それが聞こえた玲子慌てて言葉を繋げた
『は、方舟で…、沢山傷付けてしまって…』
「その事は気にするなと言ったはずだが」
『でも、出来ることならお詫びをしたくて。自分の出来る事なら何でもしますから』
「ま、確かに筋は通ってるがな。俺を襲った女はお前が初めてだ。…勿論、それなりの覚悟は出来てんだろうな?」
『えっ…?』
くっと玲子の顎を持ち上げ、怪しく笑うクロス。ひやりと冷たい空気が流れ、顔が強張る。
「例えば?
同じように襲われてみる、とか」
ずいずいと詰め寄り、廊下の壁へと追いやると壁に手を付き、玲子を見下ろすクロス。玲子はその状況にただ何が起こっているのか理解するので精一杯だった。
「…何してるんだい?」
異様な雰囲気の中、一つの疑問の投げ掛ける人がいた。コムイだった。
つかつかと廊下を歩き、二人に近づく。
「何をしているのか聞いてるんだよ」
穏やかではない口調で問い、とうとう二人を引き離す。玲子はその行動にほっと一安心し感謝した。
「クロス元帥、まだいたいけなこの子に変な事をされては困ります」
「変な事なんざしてねぇよ」
どうだか、とコムイはクロスに言うとちらりと玲子を見た。何を言われたのか分からないが、怯えているようだった。
それ以前に、この人通りの少ない、加えて薄暗い廊下で男女が二人で…。しかも、壁に追いやられている玲子を見たらまず、怪しい雰囲気と思ってしまうのが打倒の考えだろう。
詰め寄るクロスはクロスで怪しいものだったから…。
「とにかく、僕は彼女に用があるのでお借りしていきます」
「後で返してくれるのか?」
「借金まみれの貴方には言われたくない言葉ですね。
…さ、行こう」
そう吐き捨ててその場から踵を返す。
「玲子!」
コムイに連れられていく時、背後からクロスが大きな声で呼びかけた。くるりと振り返ると、そこには先程の意地悪気な笑みはなく、優しい表情になっていた。
「今度は酒に付き合えよ」
にやり、とまた笑っていた。だがそれは気圧されるような威圧的な笑みではなかった。
さっきのはクロスの冗談だったと分かった玲子は
『あと三年は無理ですね』
と、少し刺のある言葉で言ってやった。それが効いたのかは分からないが、クロスは驚いているような顔をした。
『冗談です。お酌くらいはさせていただきますね?それじゃあ、また!』
そう言って玲子はコムイと共にその場から立ち去った。
誰もいなくなった廊下ではただ一人、くつくつとクロスの笑い声だけが響いていた。
「…17だったか」
そうぼやいたクロスだった。
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「無謀な事するね、玲子ちゃんは」
玲子にホットミルクを出し、多少呆れた感じに言うコムイ。ふう、と一つ息を吐いて持っていたマグカップを机に置いた。
「少しは落ち着いたかい?」
『ありがとうございました。コムイさん』
「いえいえ」
あんなに迫られて、さぞ不安だっただろう。
クロスから玲子を引き離したあの時に、こっそりと心の底から助かりましたという彼女を見て、相当怖い思いをしたのだなと思う。
しかしそれはクロスの冗談だったのだという。見ていたこちらも「してやられた」とガクリと肩を落としたくらいだ。
『危うく借金肩代わりさせられる所でした』
「…えっ?」
たとえクロスの冗談だったとしても、あの人通りの少ない、薄暗い廊下で男女二人が借金のお話?
いやいや、雰囲気からしてもっと別な…。
「借金…」
『そうなんですよ』
玲子は真面目な顔をして、クロスが放ったあの言葉
“襲われてみるか”という言葉をコムイに話してみた。
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