story

□まだ
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「やっと起きたな」

『?』


誰もいなかったはずの部屋から声が聞こえ、声の聞こえた方向を向いてみるとそこにはやはり誰もいなかった。


『空耳…』

「居るだろうが目の前に!」


顔を手で覆われぐいっと引っ張られる感覚がする。

感覚だけがする。

自分が向いている方向には何もないのに。


『…うそ…』


目が覚めた自分に待っていたのは、夢と同じの闇色だけだった。


「お、おい」

『…嘘だ…』

「おい!君!」


いくら目をこらして回りを見てみても、目の前、視界に入ってくるものはただの暗闇だけ。

でも声は聞こえる。
感触もする。
温かい掌の温度も伝わってくる。

それなのに、目の前は真っ暗。

光の一つもない。

なにもない。


『…っ…』


絶望しか、目の前にはなかった。


あたし








目が、見えてない…。



どうしよう、見えない。
何も見えない。

目が見えない中、何をしたらいい。
戦う事など出来ない。戦うに戦えない、邪魔になるだけだから。


『やだっ…』


そうしたらあたしは何をしたらいい。

ここはどこ?
この声の人は?
この人の顔は?

何があるの?
何をするの?

なんで…


「落ち着け!」


ガシッと痛いくらいに掴まれた肩からは、人の温かい体温が伝わってくる。取り乱していた自分を冷静にしてくれた。

でも、絶望は変わらない。

はっと息を飲むような音が聞こえた。それは自分のものではなく、今自分の頬を手で包んでいる人のものだとすぐに分かった。


「君、まさか目が…っ?」



焦点がいつまでたっても合わないあの竹林から保護されたこの子。
目が覚めたばかりだからだと思っていたがそれは違うようで、目の前にいる僕の姿をただ瞳に反射して写しているだけ。

彼女の目には何も見えていなかった。

何も見えていないと自覚した彼女は、一気に表情が強張り、体が振るえだしている。


「落ち着くんだ」

『…、足手まといなんて…』

「落ち着け!!」


何も見えない恐怖からの震えは、パニックを起こし余計に不安を煽る。
落ち着けと大きな声で怒鳴るとその震えはぴたりと止まった。止まった、というより、大声に驚いたといった方が正解だろう。

体はまだ微かに震えていた。


「…落ち着いて、ゆっくり息を吸ってみろ」


僕の指示通りにゆっくり息を吸い、吐き出すそれを繰り返すように言えば、繰り返しそれを行う。
それで少しは気持ちに落ち着きを取り戻したのか、体の震えは治まっていた。


「…治まったか?」

『……』


コクリと頷くと、小さな声ですみませんでした、という声が聞こえた。


「気にするな。不安になるのは仕方ないからな」

『すみません…』


表情を変えずに言うその言葉は、か不安や怯え、戸惑いで細過ぎた。今にも泣き出しそうな、そんな声だった。



…この人には、目が見えていない事が分かってしまったらしい。

他人から見ても、自分が目が見えていない事が分かってしまうなんて。どうしてこんな事になってしまったんだろう。

今までずっと戦って、戦ってきたのに、こんな事になっただけで絶望や恐怖を覚えるなんて。


「おっ、おい…」


また身体が震える。
笑ってしまいそうなくらい、に。
こんなに震える事があったなんて始めて思った。何も見えない事を理解して、本来写し出す視覚の役割を果たさないこの目から、つと流れるもの。

止まらないと思った。

がたがたと震えて、涙は止まらない。何をしても意味がない、絶望しかない。


『もう、何もないのか…』


出来ることはもう何もない。
目が見えなくて、戦えないなら、自分の存在は意味がない。必要にさえされないんだ。




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