story

□デリート
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日本へ向かうために船の支度を急ぐ。船に必要な荷物を運び、積む。それの繰り返しの作業が行われている。


『マホジャさん、この荷物はここに置いていいんですか?』


玲子もまた、船員と同じ作業をしていた。
玲子が作業をしている所を見たマホジャは自分のしていた作業をいったんやめ、慌てて駆け寄った。


「元帥!何してるんです!病み上がりでしょう!」

『…あ、いや大丈夫。もう何ともないから』

「ダメです。お休みください。ただでさえ昨晩はあの男のせいで眠れなかったのですから」

『…はは』


マホジャのいうあの男というのは、ラビをさしていた。昨晩というのは、玲子がラビに怒られた後、やはり質問責めにされそうになっていた事を言っているわけで。

要するに、ラビに質問責めにされそうになって寝不足気味だということ。しかしラビに質問責めされる前に、マホジャに止めて貰えたのでそんなにひどい寝不足ではなかった。

目の前にいるマホジャは玲子に優しい笑みを向ける。


「確かに、昨日よりは顔色が大分良くなってますね」

『マホジャさんのお陰です』


マホジャがこうやって隣にいるだけで、ラビは玲子に近寄ろうとしない。
マホジャがラビを睨み付けているから。

その効果は抜群で、ラビは萎縮して目を反らしてばかりいる。可哀相だと思うが、もうしばらくマホジャには側に居てもらう。


『マホジャさん』

「はい」

『アニタさんにもう一度お礼を言いたいんですが、良いですか?』


玲子の言葉に、マホジャはただ“主人も喜びます”と笑ってくれた。荷物運びを中断し、アニタのいるところまでマホジャに案内を頼み、船の甲板に出る。

船に似つかわしい華奢な体が目をひき、アニタはすぐ見つけられた。


「元帥、もう動かれても大丈夫なのですか?」


マホジャと一緒に歩いてくる玲子に気付いてか、アニタは気遣う言葉を玲子に向けた。元帥、と呼ばれてやや間を開けてから自分の事かと気が付き笑い出す玲子。

玲子は未だに元帥という呼ばれ方に慣れていないせいか、ワンテンポ遅れて反応を返した。大丈夫だとアニタに伝えると、マホジャ同様柔らかい笑顔で安心した表情を見せた。


「ご無事で何よりです」

『いえ…、ご迷惑をかけてしまって』

「そんなことはありません」


サポートするのが私達の役目ですから、と言うアニタ。その眼差しからは何か強いものを感じた。
昨晩のイメージとはまるで変わっている。それには理由があるだろう。

昨夜、玲子が二度目の目覚めと共に、アニタはクロス元帥の事を話したいとアレン達を呼び付けた。

そこで聞いたのは八日前に中国を発ったクロス元帥が、アクマの襲撃にあった、という衝撃的な言葉だった。それでも諦めていないアレン。その姿を見て、言葉を聞いて励まされたアニタは涙を流し、気持ちを切り替えたようにすっと立ち上がった。


その時から、アニタはどこか強く見えるようになったのだ。


「…私は何も出来ません。力を持たないただの人間です」

『アニタさん…』

「それでも、役に立つことは出来るのですね」


アニタは、今まで思い悩んでいたことが統べて消えてしまったかのような、そんな綺麗な笑顔をこちらに向けていた。
悩み、そして吹っ切れ、前を見て強くなる女性はこれほど美しく見えてしまうのかと玲子は心から思った。アニタは何も捕われない、自分を信じられる強い女性になっていた。

この人の、この思いを叶えて上げたい。

もう一度クロス元帥に会わせてあげたい。




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