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□たった一言
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ふらつく足で、一人教団の中を歩く。相変わらず真っ暗で、しかも破損だらけの壁が目立つ。
レベル4が襲撃し、ついたものだ。あちらこちらで啜り泣く声や、修繕している音が聞こえる。
それが、辛かった。
レベル4が現れたとき、自分は何が出来たのだろう、と思い出す。
犠牲をだしたくない。そう思ってがむしゃらに戦っていたはずなのに、何も出来なかった。戦っていたって、仲間を守りきれていなかった。
たくさんの犠牲を出して、最後の手段で自分はイノセンスを使い、ダークマターを強めてしまった。
その結果、アクマ化してしまった。暴走しかけたあの時の感覚は一生忘れないだろう。快楽を求めて殺人衝動が溢れてきたあの感覚を。
見境なく手を出してしまいそうになるのを必死に抑えたあの感覚を。
忘れない。
今は、クロスのお陰で目が見えるようになった。歩く先も見え、先がどうなっているのかなど、不安になる事はない。
だけど、
このイノセンスは、本当に使って良いものなのだろうか。
そういう不安はあった。
もう一度、イノセンス使ってみたい。もうイノセンスを使っても大丈夫だと思う。
だが、アクマ化したのを思い出し、また暴走してしまったらどうしようと怯えている部分はあった。
…頭がふらふらする。血を吐いたせいで軽い貧血状態になっているのだ。いくらアクマの血だったとは言え、多少なりとも自分の血も吐き出してしまったのだろう。
そんなことをぼんやり考えていた。だから目の前に人が現れたことに、全く気付かなかった。
「…あっ!」
『…わ…っ』
どん、と思い切りぶつかり、油断していた玲子はぶつかった反動で後ろへ吹っ飛んだ。クラクラする頭では構えることが出来ず、そのまま後ろへ倒れた。
「すみません!大丈夫…」
『あ、はい。こちらこそ、…』
申し訳ないと手を差し延べてきた。その手を取り、立ち上がろうと顔をあげたとき、その人が誰なのか見た。
そして、掴んだ手に力が入ったのが分かった。
『…アレン…』
ぶつかった相手はアレンだった。
驚いた顔をして固まっているアレン。はっと我に返るともう一度すみませんと頭を下げ玲子の手を引いた。
アレンは玲子を立ち上がらせると、素早く手を離し、玲子から逃げるように背中を向けた。顔を見せられない。そう思っての事だった。
「(見られた…)」
悲しみから喜びに変わった涙。その涙が流れるごとに、アレンの目は赤くなっていく。今では赤く少し腫れたその目を見られるのが恥ずかしかった。本人であれば尚更の事。
生きている。それが嬉しい。だけど、会いたくない。
ここまで来るのに、こんなに傷だらけにしたのは自分だから。怯えられて当たり前。そして、任務の時以外は極力会わないほうが良いと思っていた。
それなのに、こんなに早く会ってしまった。
「…それじゃ…」
離れなくては。彼女は今でも怯えているはず。怯え狂ってしまう前に離れなくては。
背中を向けたままアレンはその場を去る。玲子に顔を向けることはしなかった。
『……待って』
絞り出すように聞こえてきた小さな声。思わず立ち止まってしまった。
「…なんですか?」
あくまでも平静な態度を装う。声もそこまで震えてはいない。
「僕、コムイさんに呼ばれてて」
そして嘘をついた。早くこの場から離れたいという思いで出てきた嘘。彼女にはすぐ見破られてしまうような簡単な嘘。
「…話なら、また今度に」
自分が避けている限り、いつになるか分からない「また今度」。
そしてまた、離れるために足を進めた。
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