story

□近づく影
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明け方、リナリーは自然と目が覚めた。


目が覚めたリナリーは、今日はいつもとは違う何かを素早く感じた。


教団内の空気が柔らかく、そして軽く感じたのだ。


つい最近までピリピリして張り裂けてしまいそうな空気も、今は感じられない。


やけに柔らかい空気。


そして、その柔らかい空気がとても居心地が良いものだった。


安らぐ、というのだろう。


その柔らかい空気を感じながら、リナリーは静かに起き上がり自室の戸を開いた。


リナリーは自室から出てコムイのいる科学班へ向かって行く。


理由は特に無い。


そちらの方から何かに誘われるような、そんな感覚があったのだ。


リナリーは少しふらつきながら廊下を歩いた。




それにしても何ヶ月ぶりだろう。


兄、コムイの元へ向かうのは。


玲子がいなくなってから、まともにコムイの顔を見てもいないし、会ってもいなかった。


それほどショックが大きかったのだ。


玲子がいないという喪失感が、自分をみるみるうちに飲み込んでいったのだ。


なぜ守ってあげられなかったのだろう、と。


自分の無力さに嘆いた。


その反対に、玲子に裏切られた感じもした。


私の気持ちを、みんなの気持ちを彼女は裏切ったと思ってしまった。


しかし、あの優しかった玲子がそう簡単に裏切るとも思えなかった。


玲子は玲子なりの理由があったのだろうと、思えるようになったのは最近の事。



そうしたら、今日はこんなにも雰囲気が穏やかで、安らいでいるではないか。


自分に余裕が出来たからこんな風に感じられるようになったのだろうか。


リナリーは考えながら長い長い科学班までの廊下を一人歩く。


自分の足音だけが響き渡る廊下をリナリーは黙々と歩いた。



「…兄さん…」



科学班に到着したリナリーは静かに扉を開け、兄の姿を探した。


伏し目がちになりつつ、兄を見ようと顔を上げる。


そこには相変わらず、忙しそうに走り回っている人々が目に映る。


ただ、やはりここも空気が軽く、柔らかい。


パタパタと走る人の表情は心なしか嬉しそうでもあった。


特に、リーバー班長は安心しきった顔をして仮眠を取っていた。


科学班特有のピリピリした雰囲気と重苦しい空気は全くもって感じさせなかった。



「(…何かあったのかな…)」



リナリーは人知れずその科学班内へと入っていくと、コムイのいる奥の部屋に向かって進んでいった。





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