story

□一つの願い
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「イノセンスの使いすぎで疲労が出たのだろう。目眩はそのせいだ」


なんでもお見通しと言わんばかりにブックマンはお茶をずずっと音を立てて啜った。


『…かなわないな』


ブックマンの観察力凄さにくすりと笑った玲子。





しばらく休むと目眩も引き、体のだるさも少し引いた。

目を開け見上げると一点を見つめて動かないクロウリーが視界に入った。


『クロウリー?』


あまりにも見つめて動かないので、クロウリーの視線の先が気になった。

同じ方向を見てみればそこは饅頭屋。

…もしかして食べたいのだろうか。


『…食べたいの?』


玲子の問い掛けに気付いたクロウリーは「う、うむ…」と口をもごもごさせて頷いた。

食べてみたら?と勧めてみたが、しかしと言ってもたつき始めた。

人前に出ることに慣れていないからかと思ったが、しばらくしてその原因が分かる。


『(ああ、そっか…)』


確かに、あの城から出たことのないクロウリーには、人と接触するのは慣れていないのかもしれない。

だが、理由はそれだけではない。


彼は人の前に出たことで、その人が自分に怯えるのではないかと恐れているのだ。

アクマの血さえなければ穏やかで優しい性格。

それなのに、高い身長に黒いマント、少し口を開いただけでも見える牙

吸血鬼を連想させる風貌から彼は外見で損をしている。

他人に遠慮がちなのはそのため。


だから相手の事を考えてもたついてしまったのだ。



『買う?あたしも買おうと思ってたんだ』


興味はあるのに手を出せないなんて勿体ない。


『あたしまだ少し立ちくらみがするんだ…。…着いて来てくれないかな、クロウリー』


たった数歩歩くだけの距離だが、クロウリーにとっては遠い距離。

頼りないかもしれないけど、それを手伝えたらいいな、なんて自己満足からちょっとした嘘を着いてしまった。


それでも、その嘘がクロウリーには効果があったようだ。

着いて来てといわれたときのクロウリーの表情は、とても嬉しそうったらなかった。




とりあえず人数分を買う事にし、支払いはクロウリーに任せ再びベンチに座る。


『はい、ブックマン』


出来立ての饅頭を差し出す。

支払いを終えたクロウリーにも一つ手渡し、三人は饅頭を頬張る。


「おっ、おいしいである!」


饅頭の味がお気に召したのか、クロウリーは店主にすごく美味しいと伝えると、物凄い勢いで平らげてしまった。


まだ一口しか口にしていないブックマンと玲子はア然としてクロウリーを見ていた。

物足りなさそうに他の饅頭をみるクロウリー。


『クロウリー、食べたいならあたしの上げるよ?』


三人の分まで手を付けられたらいけないし…。


「しかしそれは玲子のでは…」

『いいよ、あたしあまりお腹空いてないんだ』


そうすると玲子は口を付けた部分をちぎり取り、クロウリーに渡した。


「本当にいいであるか?」

『どうぞ』


クロウリーがおいしそうにたべてるのを見れただけでお腹一杯、と笑うと、クロウリーは照れていた。



ぺろりと饅頭を平らげたクロウリーは口直しにお茶を飲んでいる。


ほう、と一息着いて胃を落ち着かせると満足といった風にこちらを見てニコリと笑った。


「おいしかったである!ありがとう玲子」

『良かった。クロウリーがおいしそうに食べてたのを見れて嬉しくなっちゃった』


そういうとクロウリーは顔を赤らめてすまん、と俯いてしまった。



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