一等星でも三等星でも

□経緯
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努力すれば結果は少なからず付いて来る。それでも、どうしようもない時はある。県予選決勝で青城の選手たちが昨日のように歓声を上げることはなかった。あるものは俯いてユニフォームを握り締め、またあるものは天を仰いで静かに目を閉じていたりと反応は様々。それでも全員の表情は統一されていた。

『悔しさ』

その一色に限る。対する相手高校、『絶対王者』と称される白鳥沢学園は淡々と結果を受け入れていた。嬉しそうではあるが、様子が違う。今まで何度も勝利を手にしてきた、慣れている訳ではないけれど感動は濃くはない。

整列し、ありがとうございました!と声を張り上げた選手たちに必死で拍手を送った。ふと目が合った及川さんは眉を下げて軽く目を細めた。笑おうとしてるんだ、と気付くのにそう時間はかからなかった。その試みは失敗したと自分でも分かっているのか、崩れた笑顔は苦々しい表情になり、顔を伏せた。
凄い人ってだけじゃない。強い人で、そして、とっても不器用な人。

「…カッコつけすぎですよ」

ぼそっと呟いた言葉は、体育館のざわめきに飲まれた。

―――

「…吉田ちゃん?」
「…!…及川さん」

大会後、一旦学校に戻って解散となった。友達と帰る気にもなれず、一人で昇降口を出た時、左隣から聞き覚えのある声がして、目線を向けると目を見開いたイケメンさん。本当に綺麗な顔だなと何度見ても思う。

「…部活、無いんですか?」

どちらともなく肩を並べて歩き出す。

「今日はゆっくり休むデーなんだって。月曜日だしね。また明日からみっちりだよ」
「そうでしたか」

会話が途切れたけれど、特に話題も無い。あまり話さない方がいいだろうと口を噤み、足を進める。と、何かが引っかかる。

『明日からみっちり』

ああ、そうだ。

「…立ち入った事を聞いてもいいですか?」
「ド直球だね。答えられるかは、分からないよ」
「構いませんよ」
「じゃあ、ドーゾ」

この間ずっとお互いに無表情。気を使われていない、という事が楽で心地よく、少しだけ嬉しかった。

「及川さんは、部活引退しないんですか?」

ピクっと肩を揺らした及川さんは足を止め、静かに私を見下ろした。目が合うのは数時間前以来。でも、あの感情を押し殺した目とは全然違う。何か熱のようなものを肌に感じた。聞いてはいけなかった訳では無いと思う。それを確信したのは及川さんが少し口角をあげて笑ったから。

「俺は引退しないよ。絶対にね」
「!」
「岩ちゃんと絶対にウシワカを凹ませてやるって言ったし、それにもっと皆とバレーしたいんだ。」

静かに喋る横顔を黙って見上げていると、感じる既視感。そうだ、この人もバレーが大切。仲間が大切なんだ。

「だから、春高予選では烏野も白鳥沢も全部倒して全国に行くんだ。俺たち青城がね!」
「…あの、」
「ん?」
「私にも何か出来ますか?」
「えっ」

力になれれば、そう思った。私なんかにも何か出来るかもしれない。目を丸くして私を見つめる及川さんに流石に居心地が悪くなり、謝罪の言葉を出そうとしたけれど、言う前に引っ込められた。

「じゃあさ、カッコつけさせて」
「…?」
「今日、君が結構鋭い子だって分かった。俺が上手く表情を作れてないのもわかってた。」
「…はい」
「女のコの前では、あんまり情けないトコを見せたくないんだ。せめて、気づかないフリとかしてほしいなーってコト」
「……」
「……吉田ちゃん?」
「……多分善処します。」
「えっ、多分?」
「だって、そんな事なら誰にだって出来るじゃないですか。ぶっちゃけ私は及川さんにカッコつけて欲しくないです。」

勢いだけで言っていしまった事に気付き、スミマセンと呟くと、及川さんは首を振って「続けて」と促した。

「私、及川さんが試合でサーブが決まった時、連携が上手くいった時とかに見せる表情が好きなんです。普段とは全然違って」
「…!!」
「今だって、私にあんまり気を使ってないですよね。」
「…言われてみればそう…かもしれない」
「だったらカッコつけないで、ちゃんと見せてください。悔しい時とか悲しい時の顔も。もっと知りたいんです……友達ですから」

言ってやった。いや、言ってしまった、やってしまった。マシンガン並に喋り、いきなりでしゃばって何様だろうと思われるはず。でも、予想は簡単に裏切られた。及川さんは柔らかく目を細めて笑った。見たことない笑顔。

「君には敵わないなぁ」

そういってニコニコしながら大きな手で私の頭を軽く撫でた。謎の安心感と恥ずかしさを感じて目を逸らす。

「岩ちゃんに似てるんだよね」
「…いわちゃん?」
「俺の幼馴染。青城の4番で、エースなんだよ」

思い浮かんだのは目付きの鋭い強そうな人。すごいスパイクを打っていた覚えがある。

「頼りになるんですか?」
「ものすごーーく。でもたまに理不尽な暴力で俺を苦しめるんだよね」

唇を尖らせて子供のようにむくれる及川さんに肩を震わせて笑うと、ますます頬を膨らませて拗ねだしたけど、すぐに苦笑いに変わる。

「じゃあ、他に君にお願いしたい事があるんだけど」
「!…できることなら」
「……名前で呼んでよ」
「…………え?」
「徹って呼んでくれない?」
「えっ、無理ですよ!そんないきなり…」
「君に出来る事だと思うけど……ねぇ、結衣?」
「は!?ちょっと、あの」
「ほら、はーやーくー」
「…………と、徹…さん」
「呼び捨てがいいなー」
「無理です!絶対に無理です!」
「えー、じゃあそれでいいよ」
「及川さんじゃダメですか?」
「ダメだよー」

ヘラっと笑って、それでも有無を言わせない口調で言い切った。

「あっ!」
「まだ何かあるんですか?」
「そんな顔しないでよ。簡単なことだってば!」
「…何ですか?」
「あのさ、来週の月曜日も一緒に帰らない?」
「!」
「来週も、その次も、これからずっと。俺が卒業するまで」
「……」
「ダメかな?」
「…そんなのでいいんですか?」
「そんなのがいいの」
「わかりました」
「……いいの?」
「いいですよ。」

言うと、よかったと微笑み、頭から手を離して歩こうと促す。右腕に感じる体温は今までよりも近くなった距離を表したもの。

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