一等星でも三等星でも
□変換
1ページ/1ページ
あちゃーやっぱりか
壁の影で私はこっそり頭を抱えた。
放課後行くか行かないか散々迷い悩み、最終的には近くで聞いてた国見君に
「友達なら一緒に帰ってもいいんじゃない?このあいだ俺とも帰ったじゃん」
と半ば強引な正論で背中を押され昇降口へ向かったが、そこには1番恐れていた光景が広がっていた。下駄箱に寄りかかって笑顔を振りまく及川さんとその周りで目を輝かせて話し掛けたり、綺麗にラッピングされた袋を渡したりする女の子達。予想していた中で一番最悪のパターンだ。大勢の人(特に女子)の前で、及川さんが話し掛けてくるのと、私が話しかけに行くのでは巻き起こる騒ぎの度合いも大分違うだろう。
というより、一緒に帰るなんてことしたら面倒くさい結果が待ち構えているのではないのか。そう考えるとどうしても動けなくなって一旦教室に戻ろうと振り向いた瞬間、本日2度目の思考停止。私の後ろには見上げるような背丈の男子が3人、私と同じように壁の影から及川さんの様子を覗いていた。あの日及川さんを殴って連行していった人もいる、ということはバレー部さんだ。
私が気付いた事に気付いたその人達はコソコソと話しかけてきた
「…待ち合わせしてんだろ。いかねーのかよ」
「いやフツーに考えてあそこに突っ込んで行くのはかなり…ねぇ」
「俺も花巻に賛成ー。特攻だよね」
「えっ…あっ…はい」
いきなりの出来事につっかえながらコソコソと答えた。
「で、キミ…えっと吉田ちゃんだっけ?どうするの、アレ」
「…えっと」
花巻と呼ばれていた先輩の視線の先をもう一度振り返ると、顔を上げた及川さんとバッチリ目が合った。
このまま及川さんが私を見てるもしくは話しかける、こちらに歩み寄ってくるとなると、そのまま2人で帰るところをあんなに大勢の人に目撃されることになる。とりあえず、面倒くさくなるのは目に見えている。それを避けるために一番最適な手段は…
及川さんと目が合ってから0.5秒で答えを叩き出し、その答えのままに振り向き後ろにいた3人の先輩達の間をすり抜け全力ダッシュ。今の所、私に気づいた女子はいなかったはず。及川さんにはラインで事情説明をしよう、そう思っていたのに
「えっ!…ちょっとなんで!…あー…えっと用事思い出しちゃったから、また明日ね!」
と言う声の主は及川さん。続けてすごい速さの足音が追いかけてきた。
「ねえ!なんで逃げるのさ!!」
「追いかけるからですよ!」
「じゃあ止まってよ!てか、走るの早い!!」
「あの、あんまり叫ばないで下さい!」
「うん!じゃあ、止まろうか!」
一応中学は運動部、しかも瞬発力も必要な部活だったので足の速さには自信がある。それでも、及川さんに腕を引っ張られて走った時のように持久力は衰えていたみたいで後ろから腕を掴まれた時にはかなり息が上がっていた。対する及川さんは、かなり余裕だったらしく髪を指先で整えていた。
「で、なんで逃げたの」
「…っ…追いかけて来たからですよ」
「それって答えになってないから!」
「…驚いたので」
「え?」
「最初は教室に戻って後で連絡しようと思ってました。及川さんなら…その…ファンの方々を優先するだろうと思ってたので。だから追いかけて来たことに驚いて予定よりも長い距離を逃げてしまいました」
「…ふーん」
一息に言いたいことを吐き出すと及川さんは意味有りげな声で呟き、じっとりと私を見下ろした。
「…なんですか?」
次の瞬間、及川さんの腕が伸びてきてガッと私の頭を掴んだ。
「…えっ?あの、」
「…ねえ、吉田ちゃん」
「…はい」
「今日君に手紙で一緒に帰ろうって誘ったのは誰?」
「……及川さんです」
口許には笑みを張り付けているけど、目が笑っていない。迫力満点とはこのことだ。
「あのね、俺は自分で呼び出した相手をほっといて関係のない相手を優先するような奴じゃないよ。全ての女の子に誰それ構わず笑顔を安売りする王子様でもない」
「……」
「…何か反応してよ!」
「…及川さんって意外と誠実ですよね。チャラそうなのに」
「意外とはいらないよ!あとサラッと毒吐かないで!」
「……」
「聞いてるの?」
ぐぐぐっと頭を掴んでいた手に力を入れられて
「いたいです!!聞いてますよ……あの、及川さん」
「何?」
「……ありがとうございました」
「!?」
「あの、急いでないなら人が減るまで待ちませんか?」
「…もう一回」
「はい?」
「もう一回言って!」
「…嫌です」
「そこをなんとか!結構嬉しかったんだから」
「知りませんよ。さっさと歩いてください、脚長いんですから。無駄に」
「だから、暴言!!」
西日が差し込む廊下に映るのはわたし達二人分の影。
その二つの影の隙間も私と及川さんの隙間もオトモダチの距離。