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□ダイヤモンドとクリスタル
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お姫様が出てくる物語は大体ハッピーエンド。なんやかんやトラブルは起こるけど、最終的にはお姫様と王子様が結ばれて、めでたしめでたし。それでも、同じパターンでつまらないと一蹴できるものではなく、女の子たちの憧れとして、いつまでも残るものなのだ。

「ガラスの靴っていいよね…」
「急にどうしたの?」
「徹、ガラスの靴持ってないの?」
「持ってるわけ無いでしょ!」
「……使えないな」
「俺をなんだと思ってるの!?」
「及川徹」
「…ぐっ……そうだけど、そうじゃなくてね!」

昔、お母さんと一緒に読んだ物語では、ガラスの靴が足にピッタリだった女の子が、王子様と結婚するという展開だった。今考えると、足のサイズが同じ人なんて、そこら辺にゴロゴロ居るだろうに。

「…ハッピーエンドなんて現実には、そうそう訪れないよね」
「俺の話聞いてる!?」

仕事で忙しい両親は、あまり家に居る事が無く、私は母親が借りてきたビデオを見て過ごすことが多かった。その影響で、某ネズミの国のプリンセス物語は、私の記憶にかなり深く刻まれた。

黙り込んだ私をじっと見ていた徹は、パソコン前の椅子から立ち上がり、壁に寄りかかっていた私の隣に、長い脚を折り曲げて座る。ここで何も言わないのが、この男のモテ男たる所以だろう。静かにこちらを伺っている。横を向き、目を合わせると、徹は少しだけ笑って優しく私の髪に指を滑らせた。

昔から徹は、こうだ。幼なじみだけど、それを超えて家族のように甘やかしてくれる。好きになるのに時間はかからなくて、それでも今までの関係を壊すのが怖くて、言い出せなかった。
時が経つにつれて、お互いに恋人を持った。それでも長続きすることは殆ど無かった。今回もそうだった。

「今日ね、彼氏は用事があるからお出かけは出来ないって言われたの」
「…うん」
「そしたらね、さっき隣のクラスの子と腕組んで歩いてるの見ちゃってさ」
「うん」
「…なんか……ね」

今思い出せば、一番長続きしていた彼氏だっただけに、思い出だってたくさんある。やるせなくなって、顔を伏せた。と、徹の手が髪から離れて、すぐに優しい声で名前を呼ばれた。

「…結衣」
「……ん?」
「……」
「……ふっ…あははは」
「うん、笑えたね」

見上げた先には両手で小綺麗な顔を変形させた徹の姿。笑わずにはいられなかった。そんな私を見て、徹は満足そうに頷いている。

「イケメンが台無しだよ」
「俺もそう思う」
「……」
「…ツッコまないの?」
「徹は優しいよね」
「!………結衣さぁ」
「ん?」
「本当にわかってないの?」
「?…何のこと」

首を傾げると、ため息を吐いて、私の手を引いてパソコンの前まで促し、私を椅子に座らせて、マウスを操作すると、目に飛び込んできたのは驚きの光景。

とある結婚式場のHPだった。そこでは、ガラスの靴を履いて記念撮影が出来る。しかし、立って歩くことは出来ないらしい。けれど、添付されていた写真には、跪いて、新婦にガラスの靴を履かせる新郎の姿があって、とても綺麗だった。でも、なんで私にこれを見せたのだろう。後ろに座っている徹は何も言わない。

「ねえ、とお………っ…徹?」

聞こうと思い、身体を後ろに向けようとした瞬間、伸びてきた腕にとらわれる。そのまま腕に力が込められ、脈がどんどん早くなる。

「…結衣、俺が結衣に履かせるのじゃダメ?」

囁かれた声は切なげに鼓膜を揺らし、じんわりと体温を上昇させる。

「…徹」
「俺にしときなよ」
「……ね、徹」
「俺じゃ、王子様になれない?」
「っ……徹、聞いて」

なんとかハッキリとした声を絞り出すと、徹はゴメンと呟いて、身体を離そうとしてきた。そういうことじゃない。そう伝えたくて離れかけた腕を掴むと、後ろで小さく息を呑む音。

「……違うの、ちゃんと言って」
「……!」
「お願い…」

何を言って欲しいかなんて、言わなくてもわかるだろう。期待した言葉は再び腕に力が込められた直後に囁かれた。

『好きだよ』

あのね、徹。ガラスの靴も王子様も貴方が居れば、もういらないんだよ。

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