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□弾け飛んで消えてゆく
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「…暑い」
「…おう」
「クーラーのバカ」
「おう」
「黒尾のバカ」
「何でですか」
「…死にそう」
「がんばれよ」
部屋いっぱいに響くのは蝉の声。目一杯開けた窓からはカーテンを透かして容赦なく夏の日差しが差し込む。風は全く無く、部屋の温度は上昇の一途を辿っている。いきなり静かに稼働を停止し、それっきり動くことのなくなったクーラーを恨めしげに見上げた。背中合わせに座った恋人はグイグイと体重をかけてくるから余計暑い。どこか涼しい所に出掛けるという選択肢は上昇に上昇を重ねる気温を考慮しあっけなく捨てられている。けれど、このまま部屋にいるのも熱中症の危険性がある。
「アイス食べたい」
「そうだな」
「買ってきて」
「断る」
「何で」
「暑いから」
「バカ、ケチ、中二病」
「さすがの俺も傷つくよ」
「そっかー」
「おい」
ダラダラとやり取りを続けていても暑いのは何も変わらない。
「なー、やっぱ出かけようぜ」
「どこにー」
「イオソ」
「あー」
「涼しくなるまでいよーぜ」
「うー」
「きーてるかー」
「重いよ、きーてる」
更に体重をかけてきた。この男は遠慮という物を知っているのだろうか。行こっかと呟き勢い良く立ち上がると、私に背中を預けていた黒尾はそのまま倒れる。
「だいじょうぶー?」
「オマエ、今のわざとだろ」
「エー、ナンノコト」
「白々しいんだよ」
よっこいしょと言いながら立ち上がるので、おっさんだねぇと呟くと頭を掴まれた。
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「クーラー天国ー」
「だなー」
茹だるような日差しの中、ゆっくり歩くと余計にやられるので、なるべく早歩きで無事イオソに着いた。ガラスの自動ドア1枚隔てた先はまるで天国。
特にすることなくブラブラと見て回る。時々足を止めては気になった店に入り物色。それを続けて数件目のことだった。比較的小さな雑貨屋さん。棚には色々な物が並び男女関係無く楽しめる。
「これ可愛いー」
手にとったのは髪ゴム。飾りには星が付いていて、キラキラ光っている。
「結衣、お前こういうの好きだったっけ」
「私はあんまりかな。りんちゃんがキラキラしてるの好きだから」
「あーお前の幼馴染みの」
「話したの覚えてたんだ」
「お前の話した事だけは全部覚えてるからな」
不意打ち。黙り込んだ私を見て、ニヤリと笑う気配。見上げるとやはりニヤニヤしながら見下ろしてくる。こちら側の考えている事は、いつも筒抜け状態なのだろう。精一杯の抵抗として、脇腹に拳を軽く叩き込むと小さく呻いて、睨んできた。これ以上の争いは私の負けが見えているので無視して、ゴムに視線を戻す。
「これ買おうかな」
「…結衣が付けんの?」
「違うよ、りんちゃんにあげるの。いつもお世話になってるし」
「ナルホドね」
何事もなかったように会話を再開した時に目に入ったのは隣にあったネックレスコーナーの中の1つ。細いシルバーのチェーンで小さな黒猫が付いている。猫の首にはキラキラと赤い石が埋め込まれている。目が行くのはどうしてだろう。すぐに浮かんだ答え。
「これ、黒尾っぽい」
手に取って呟くと、隣から覗き込んでくる。一瞬の間を空けてから、ふっと笑いを浮かべて「確かにな」と答えてきた。イヤミの無い笑顔に見入っていると、それに気付いたらしくニヤニヤ笑いにチェンジしてきた。何か言うかと思ったけど何も言わないので取り敢えず目を逸らす。
「買うのか?」
「んーちょっと高いから、また今度にする。」
「ふーん」
「てか、なにそれ」
「ブレスレットですけど」
「ごっついね」
「ほっとけ」
「買うの?」
「おう」
話題をいつの間にか黒尾の手に握られていたごっついブレスレットに移したが、黒猫のネックレスがどうしても頭から離れなかった。そんなこんなで小さな店をひと通り見終わった時には結構混雑してきた。
「さっさと買って出ようぜ」
「だね」
髪ゴムを握り直し、列に並び、会計を終えて店を出た頃には大分時間が経っていて、時計も5時を指している
「そろそろ帰るかー」
「うん」
行きと同じ自動ドアを抜けると、昼間よりは大分マシな気温になっていた。
「どっちから来たっけ」
「あっち。しっかりしろよ」
「暑さにやられてるの」
「貧弱だな」
「なんだと」
「そんな怒んなよ」
「怒ってないよーだ」
べーっと舌を出してズンズン進むけれど、あっと言う間に距離を詰められ、そのまま手を取られる。
「…暑い」
「俺はそうでもないけど…てかお前さ、いい加減気付かないのか」
「……何に?」
聞き返すと、呆れたように笑い、トントンと自分の首あたりを叩いた。合わせて首元に手を遣ると、指に当たったのは細いチェーンの感覚。そのままチェーンに添って指を滑らせたどり着いた物を手に載せると、あの小さな黒猫。
「……いつ?」
「店出てすぐに着けたのに全然気付いてくれねーんだもん」
「…わかんなかった……くれるの?」
「俺もいつもお前にお世話になってるからな」
そっか、と呟いて指で弄る。ツルツルとした感触が心地よい。猫の首の石も夕日を受けて輝いている。
「…似合ってる」
夕日をバックに笑う顔には、からかいの色は全く見えず、ただただ優しくて。
「………ありがと」
「おー」
「…明日電気屋行こう」
「だな」
暑い夏はまだまだ終わらずに、気温上昇を加速させていった。