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□雷嫌い
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気怠い梅雨の雨の日。しとしとと、おとなしく降っていた雨は次第に窓を大音量で攻撃する大雨となっていた。そして、運の悪いことに少し強めの風が吹いている。傘が使い物になるか心配しながら、なるべく雨に濡れない帰り道のルートを考えていたら私の耳は担任のとんでもない言葉を拾った。

「明日は生徒総会がある。で、この資料を今日の日直の…吉田と赤葦で纏めておいてくれ。先生たちの分もあるから、ちょっと多いが頼んだぞ!じゃあ、今日は以上だ。各自掃除に向かってくれ。」

最悪だ。どれくらい最悪かというと、次の日に必ず持っていかなきゃいけないものを前日のうちにサブバックに入れておいたが、次の日、サブバックに注意を注いでいたあまり、スクバを忘れてしまった日並だ。(そのスクバは母の手によって無事届けられた。)こんな雨の日に、もしかしたら電車が止まってしまうかもしれないのにまさかの居残り。ほうきを用具入れにしまい、友人たちの声援を受けながら教室へ向かった。

でも、一緒に作業するのが赤葦君で助かった。とは言っても、席替えで隣になっても、ほとんど喋らない。たまに挨拶をする程度。赤葦君はほかの男子達よりも少し大人びた雰囲気をまとっていて、少し話す時にも私が勝手に緊張してしまうからだろう。ともかく、仕事を全部私に押し付けることは無いだろう。強豪と言われているうちのバレー部で副主将を務めるぐらいたから本当にしっかりした人なんだろうな。

そこまで考えて、ふっと何かがつっかかり考え直す。バレー部の…副主将…。まさか、今日も部活!?なんてこった、副主将だから休む訳にもいかないだろうし、でも仲のいい友達は皆帰るか、部活に行くかしてしまった。

「 …そりゃないよ」

さらに重くなった足取りで、教室に入ると赤葦君が教卓から生徒総会の資料を自分の机に運んでいるところだった。

「赤葦君!今日も部活でしょ?私一人でやるから部活に行きなよ!」

すると、赤葦君は首を振って

「いいよ、今日元々オフだったし。」
「えっ!そうなの?」
「うん」

よかった……じゃなくて、手伝わなきゃ!教卓に走り、資料を手に持ち机に運ぶ。と、赤葦君が「あ」と呟いた。

「どうしたの?」
「……なんでもない」
「そう?」

そしてまた、黙々と資料を運ぶ。その横顔が少し強ばっていたのは気のせいか。

資料まとめは思っていた以上に大変だった。ページが抜けていたり、裏に印刷がされていないのがあったり枚数が足りなくなったり。おかげで、外は随分暗くなり、雨脚はどんどん強くなっている。それより心配なのは赤葦君だ。あまり顔色がよくない気がする。それにさっきからソワソワと窓の外を気にしている。

「…赤葦君、具合悪い?」
「えっ……いや特に悪く

赤葦君が言い終わる前にその顔が青白く照らされた。次いで爆音。思わず窓の方を振り向く。

「…うわ、凄い音だね」

そう言って振り返ると、赤葦君がいない。驚いて視線を渡らせると、赤葦君はさっきまで立っていた床に膝を抱えて座り込んでいる。いつも見上げているものだから、まさか見おろせる場所にいるとは思わなかった。

「ちょっと、大丈夫?やっぱり具合わる

また私が言い終わる前に背後で派手な音で雷が落ちる。その音に合わせて赤葦君の肩が大きく跳ねた。…もしかして

「…赤葦君、雷怖いの?」

すると、そろそろと顔をあげて私を見上げる。その顔は少し気まずそうに歪んでいた。

「昔、家のそばの木に雷が落ちて凄いことになって、それ以来無理」

私が何か言う間もなく次々と言葉を発する。またひときわ大きく雷が鳴った。そして暗転。

「…停電か。」

呟いて、明かりをつけるためにスマホを探そうと鞄にのばしたその手をいきなり掴まれた。その手に力がこもって顔を歪めた。

「…赤葦君?大丈夫?」

暗闇からはなにも返事がない。そろそろ腕が痛い。声をかけようとしたその瞬間また雷鳴。腕に一層の力が込められて、そして抜けそうなぐらい引っ張られた。気付けば私は赤葦君の足の間にいて、赤葦君は私の肩に額を押し付けている。普段であればロマンチックな場面かもしれないが、今はそういうわけではない。

「大丈夫だよ……大丈夫」

根拠のない大丈夫を繰り返して、その肩に手を添える。どれくらい経っただろうか。次第に外の雨も弱まって雷もやんだみたいだった。

「………ぅ」

赤葦君が何か小さな声で呟いた。聞き取れなくて聞き返そうと思ったらぱっと音がして電気がついた。そして、ドタバタと足音がして勢い良く教室のドアが開き、担任が顔をのぞかせた。

「赤葦!吉田!大丈夫か?…おっ…」

担任はまず床に座っている私達を見て、それから資料の山を見た。そして、ニヤリとわらうと

「…お邪魔しました〜、早く帰れよ!」

そう言うやいなやドアを叩きつけるように締め、青春だねーとかいいながらバタバタと戻って行った。

「…ごめん……帰ろうか」

そう言って赤葦君は私から身体を離す。

校門まで無言のまま並んで歩く。赤葦君の顔を見ると仕方なかったとは言え、さっきの事が思い出されて顔が熱くなる。

「…吉田さん」
「…は、、はい!」

いきなり声をかけられ慌てて返事をする

「電車だよね?止まっちゃってるみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。お母さんが校門まで車で来てくれてるから。」
「そっか。じゃあ、俺バスだから。」
「うん………あっ!ねえ!赤葦君!」

聞きたいことを思い出し、去っていく背中に声を掛けた。

「…何?」

足を止めて振り返ると、こちらに歩いてきた。

「あのさ、さっき先生が来る前になんか言わなかった?よく聞こえなかったんだけど…」
「……何も言ってないけど」
「そうだった?じゃあ、聞き間違えかな…ごめんね、いきなり。じゃあね!」
「うん」

赤葦君に背を向けて車に乗り込もうとしたその時

「吉田さん!」

振り返ると、少し笑ってこっちを見ている赤葦君

「嘘!ありがとうって言った!」
「…っ」

いつもの無表情でも、さっきの怯えた顔でもない柔らかい笑顔。めったに聞かない大声。

「どういたしまして!」

そう返すのが精一杯。運転席の母が驚いたようにこちらを振り返った。

赤葦君は頷くと踵を返してすごい勢いで走り出した。

意識すればするほど熱くなる、掴まれた腕と額が載せられた肩と火照った頬を窓から入ってくる梅雨の風にあてて冷やした

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