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□君の笑顔と街灯と
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(もうこんな時間だ)
俺は心の中で小さくため息をついた。今日は早く帰って数学のプリントと明日の古典の小テストにむけて勉強をしなくてはならなかったのに、やたら元気で断ると面倒くさい先輩の自主錬に付き合わされてしまい予定よりも随分遅くなっていた。

急がないと電車に乗り遅れてしまうと、小走りに切り替えようとした時、目に映ったのは自分よりもひと回りほど背の低い女子の姿。誰か、なんて確認する必要もない。小走りモードのまま近づき声をかける。

「……吉田!」

女子が…吉田が振り向き、少し目を見開いてからまたその目を細めて笑った。

「赤葦、遅いんだね。部活?」
「うん。でも、吉田も遅くない?確か部活入ってなかったよね。」
「あー、先生に捕まって委員会の仕事やらされちゃってさ…」
「それは……災難だったね」

まったくだよと言いながら苦笑いを浮かべる吉田を横目に見つつ、彼女に仕事を頼んだ先生に心の中でお礼を言った。時計を見るとあと少しで電車が出る時間だった。走れば間に合わない事もない。でも、

「じゃあ、ここで。赤葦電車だよね。また明日!…って、あれ?…赤葦?」

角を曲がろうとした吉田に合わせて方向を変えると、驚いたように見上げられた。

「こんな時間に女子1人で帰らせるわけにはいかないよ。送るから。」
「でも、もう遅いし」
「だったら尚更でしょ」
「……じゃあ、お願いします。」
「ん。」

吉田に合わせていつもよりゆっくり歩きながら、他愛のない世間話を重ねる。彼女の家に着くまでがとても短く感じた。

「ホントにありがとう。赤葦って優しいんだね。」

街灯に照らされて柔らかく微笑むその顔に向かって一言

「……吉田にだけだよ。」

途端その笑顔が驚きの表情に変わる。だけどその頬に軽く朱が差している事なんて気付く余裕もなかった。

「……じゃあ」

踵を返して思いっきり走る。今なら世界記録を超えられるかもしれないなどと下らないことを考えつつ、夜風で火照った顔を冷やすように走るスピードを上げた。

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