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□猫と小説と不思議な女性
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"真琴コーチの彼女さん"

そう呼ばれてる人と初めて言葉を交わしたのは、中学2年の夏の日だった。

その日の俺は、学校帰りに公園に寄っていた。
よく滉たちと遊んだ場所で、遊具は多いし木陰は涼しい。

お気に入りのスポットだ。

東屋でひと休みしてから家に帰ろう。
そう思って立ち寄ると、そこで彼女が黒猫を撫でていたのだ。

猫は気持ちよさそうに目をつぶり、尻尾をゆらゆらと動かしている。

書き物をしていたのか、彼女の膝の上にはバインダーが開いた状態で置いてあった。

濡れたような黒髪が風にそよぎ、桜色の唇は小さくほころび、中性的な服装がとても似合っていて。

それはまるで、1枚の絵を見ているみたいだった。

「……君も、猫が好きなのか?」

ぼーっと見とれてしまったとき、こちらに気づいた彼女が声をかけてきた。
少年のような喋り方だった。

「え、あ、はいっ。あの、真琴コーチの彼女さん?ですよね」
「SCの子たちはそう呼んでるな。私と真琴は幼なじみなんだ」

あなたを見てました、とは言えなくて慌てながら答える。
そのとき、口元を少しゆるめた彼女の側に置いてある本が目に留まり、俺は目を見張った。

「それ!夏空アオの小説ですよね!好きなんですか?」
「……知ってるのか?」
「はい!俺めちゃくちゃ好きな作家さんなんです!」

目を輝かせながら熱を込めて言うと、彼女は目を丸くしてから小さく微笑んだ。
控えめで柔らかな笑顔だった。

「あなたも書いてるんですか?小説」
「うん。たくさんの人に読んでもらいたいと思っているよ」

そう聞いてみると、彼女はルーズリーフに並ぶ文字を目を細めて見つめながら、パタンとバインダーを閉じた。
目を開けた猫がぴょこんとベンチから降りる。

「君、名前は?」
「日永 朴です。あなたは?」
「……アオだ」
「おお、夏空アオと同じですね」

すごい偶然。
名前を教えてくれたときのアオさんは、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

俺より歳上なのにどこか少女っぽさが残った不思議な人。

名前しか知らない彼女の正体を知るのは、もう少し後のこと。

END


 

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