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□おれたちが知らない夏
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最初は他人の空似かと思った。
だって彼は、本屋に立ち寄らなそうな印象が強かったから。

「あれ、翠!お前も本買いに来たのか?」
「僕は新作のCD買いにだけど……、てかなんで朴がいるの。知恵熱出るんじゃない?」

僕が抱えているのと同じ紙袋を持って駆け寄ってきた彼にそう返すと、朴は心外だと言わんばかりにむくれた。

「失礼な!おれは小中時代に多読賞もらうくらい本好きなんだからな!」
「はいはい」

あしらいながら思い出す。
朴は小さい頃、体が弱くてよく学校を休んでいたらしい。
体を強くするために水泳を始めるまでは、インドア派だったそうだ。

悲壮感なんて感じさせない笑顔で語っていたから、すっかり忘れていたけど。

「……何の本買ったの?」
「お、翠が興味持つなんてめずらし」
「普段本なんて読まなそうな雰囲気のくせに、読んでる冊数が学校のトップ入りしてる君が買うくらいだし」

そう言ったとき、「褒めてんのかけなしてんのか」と背中にパンチが来た。
でも単純なことに、朴はいそいそと紙袋から本を半分くらいまで出した。

「『Swim!』の5巻目」
「へえ。夏空アオ、好きなんだ」

それは僕も好きな作家だった。
夏空アオ。
18歳でデビューし、透明感あふれる文体や繊細な描写でベストセラーを生み出す小説家。

処女作の『ヒーリング・ダイブ』では、主人公の少女の心の傷が癒されていく様子が丁寧に描かれていて、何度も読み返している。

今発売されている『Swim!』シリーズは、メドレーリレーを通じた高校生たちの絆を描いた物語だったはず。

舞台が水辺になることが多いのも、彼女の作風だ。

「おれ、この人の小説大好きなんだよなー。言葉選びが綺麗だし、すごいジンとするんだよ!」

キラキラした目で解説してくる朴。
名前の通りの素直さに思わず苦笑する。
よくそんなにさらりと褒め言葉が出てくるな。

「あ、今度貸そうか?これおれたちと同じ競泳男子の物語だから共感しまくれるぞ」
「別にいい」
「あっさり断った!面白いんだぞこれ!」

ずずいと本を突きつけて食い下がる朴のつむじを、僕は遠慮なく押す。
「何すんだよ!」とまるで吠えかかる犬みたいな彼を横目で見ながら、僕は言った。

「僕、もうそれ買ってるし」

朴は途端に静かになる。
僕はそのまま帰り道を歩き出す。
朴が慌てたように声をかけてくる。
そして追い掛けてくる足音。

ついでに言うと、『Swim!』シリーズはあの七瀬選手たちがモデルになってるって噂。
だけどその話はまた今度。

さあ、早く帰ってCDを聞こう。

そう思いながら僕は駆け出した。

END


 

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