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□天才は誰を羨む
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────水の中のほうが、息がしやすいんだ。

不思議なことを言う子だ、と思った。

私は12歳。彼は11歳。
初めて会った川の中での話。

***

近くに引っ越してきた、男の子とそのお母さん。
うちに挨拶に来てくれたのはお母さんのほうだけで、男の子のほうは1度も顔を見せてくれなかった。

そんなある日。

「……あれ?」

川から聞こえた水しぶきの音。
自然が多いところだから川でも遊べるのだけど、あまり聞かない音に惹かれて。

そっと見てみたとき、知らない男の子が泳いでいた。
その姿は、幼心にきれいだと感じた。

その子が川底に足をつけ、立ち上がる。
近くに行こうと踏み出したとき、私はつるつるした草に足をすべらせた。

「わ……っ?!」

転がり出す体。
一瞬目に映った、驚いた顔。
しぶきの音とひんやりした感覚。

1つくしゃみをしてから、びしょぬれになってしまったことに気づく。
思わず涙がにじんだとき、手が差し伸べられた。

手から見上げていくと、青く見える瞳ときれいな顔立ちの男の子がいて。

「……立てないの?」

小さいけど、心配するような響き。
あわてて首を横にふり、手を借りて立ち上がる。

「ありがとう……。あの、泳ぎうまいね」
「…………ん」

こく、と微かにうなずく男の子。
そして小さな声でつぶやくように言った。

「…………水の中のほうが、息がしやすいんだ」

水の中のほうが、息ができなくて苦しいんじゃないのかな。
そう思ったけど、さみしそうな色をした彼の瞳を見て、私は別のことを聞いた。

「名前はなあに?私、わこ」

様子をうかがうようにこちらを見上げて。
おずおずと、少しずつ歩み寄るように、彼は教えてくれた。

「……しずは」
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