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□背泳ぎのきっかけ
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プールサイドに水しぶきの音が響く。

飛び込み台に近づく、すらっとした体つきの少年が1人。

サーモンピンクの柔らかそうなくせっ毛気味の短髪。大人しそうなすみれ色の瞳。

彼は岩鳶水泳部2年の鴫野 颯斗。

ちょうど背泳ぎ100mを泳ぎきった後輩に、颯斗はしゃがみこんで声をかけた。

「少し、休憩しよう?」
「はい!」

元気な声と共にバシャリと音を立て、かるがるプールから上がる少年。

常にその目は明るく光っている彼は、1年の日永 朴だ。

***

「颯斗先輩って、何で背泳ぎが好きなんすか?」

ベンチに座り、ドリンクを一気に飲んでぷはぁっと息をついてから朴君が言った。
突然の質問に少しびっくりする。

「きゅ、急に、どうしたの?」
「んー、なんとなくです!」

────先輩、背泳ぎ速くなるコツ教えてください!

初めての会話がそれだったほど、屈託無く話しかけてくる彼が、僕はちょっとうらやましい。

「……何で、かぁ」

聞かれて、改めて考える。
何で僕が背泳ぎの泳者になったか。

「……昔の話になるかな。僕、小さい頃は泳ぐのが怖かったんだよね」

確か小学校1年生のとき。
家族で海に行ったとき、僕ははしゃいでいてボートから落ちたらしい。

「え、そうなんですか?」
「うん。海で溺れたらしくて」

大事には至らなかったけど、それからプールの授業を嫌がるようになったんだって。

「それから僕のペースで泳げるようにって、家族がスイミングクラブに通わせてくれて」

そう。思えば、始まりはあの時だった。

「そのとき、僕に背泳ぎを教えてくれた人がいたんだ」

泳ぐのが嫌になっていた僕と目線を合わせて、向き合ってくれた。
優しい瞳と大きい手が、今も記憶に残っている。

「臨時の手伝いとかだったのかな。確か高校生くらいのお兄さん。すごく大人に見えたなぁ」

話していくうちに、少しずつあの時のことが思い出されていく気がした。
顔を上げると、真っ青な高い空が広がっていた。

「……あの時さ、空が見えたんだ。すごく綺麗で、水の中にいるのに全然怖くなくて、苦しくもなかった」

自分の手のひらを見つめ、ぎゅっと握る。
忘れかけてたことを思い返すように。

「……それからかな、特に背泳ぎを頑張るようになったの」
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