かにもかくにも撮るぜベイベ
□お近づきの印にコーヒー1杯
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「……ここで会ったのも何かの縁だ。空却の寺まで送ってってやる。また、さっきみたいな奴に会わないとも限らないだろ」
「え、いいんですか?」
「お前に何かあったら、あいつらがうるさそうだからな。その前に、そこのサ店で一休みしてからで良いか?」
「何だか新手のナンパみたいですね」
「置いてくぞ」
「すみませんでした!お世話になります!」
思ったことを正直に言ったせいで、Uターンしてしまった天国さんに、謝りながら駆け寄る。
宣材写真の撮影以来ほとんど話したことが無かったから、彼とのちょうどいい距離感は、まだ手探り状態だ。
「誘っておいて何だが、コーヒーは好きか?」
「どちらかと言えば紅茶派ですね。コーヒーはミルクと砂糖があればOKです」
「なら大丈夫だな。車を停めてあるから、財布やケータイ以外の荷物は後部座席に置いとけ」
「はい。ありがとうございます」
もしかして、このお店でコーヒー豆を買った後に、ナンパされてる私を見つけたのかな。
そう思いながら、私はリュックを車に置かせてもらい、ショルダーバッグだけ持って天国さんに着いて行く。
「街のリビングルーム」みたいな雰囲気が漂う、チェーンの喫茶店。
常連らしい天国さんはメニューを見ずに、ストレートで楽しむコメ黒を。私はメニューを見てから、ウインナーコーヒーを注文した。久々にコーヒーを飲んでみようと思ったのと、ホイップクリームの誘惑に抗えなかった。
「そういや、ウインナーコーヒーの飲み方って知ってるか?」
「?クリームをすくって食べたり、クリームをコーヒーに混ぜて飲んだり……でしょうか?」
「半分合ってるな。最初にコーヒーを飲んで量を減らしてから、生クリームを混ぜんのがお勧めだ。こぼさず飲み切れる」
「そうなんですね!勉強になります。天国さんは飲んだことありますか?」
「俺は無いが、前に十四がチャレンジしてこぼしてたからな……。その時に調べた」
その時のことを思い出したのか、天国さんが眉を下げて仕方ないというように笑う。すると、ちょっとぶっきらぼうだった様子が柔らかくなった。
「天国さんて、意外と優しいですよね。ナンパから助けてくれたときもそうでしたし。さっきの天国さん、悠然と構えててかっこよかったです」
「……お前、他の男にもそういうこと簡単に言ってんのか?だったらやめとけ。勘違いされるぞ」
「でも、人にはなるべく良い言葉を伝えたいんです。悪い言葉を伝えるよりも、ずっといいと思いますから」
きまりが悪そうな顔をする天国さんに、私は自分の考えを答える。だって、誰かの粗を探すよりも、誰かの良い所を探す方が楽しいし。
口に出して伝えるなら、悪口より褒め言葉の方が良いと私は思う。
「……お前みたいな奴が多かったら、何か変わってたのかもな」
「?それってどういう……」
天国さんが目を見開いてから、どこか切なげな表情で呟く。詳しく聞こうとしたとき、ちょうど店員さんがコーヒーカップを2つ運んできてくれた。
「何でもねえ。コーヒー冷めるぞ」
「あ、はい。いただきます」
持ち上げたカップのふちに口をつけ、少しずつ舐めるようにコーヒーを飲む。熱いから気をつけないといけない。コーヒーの苦味は、そういうものだから我慢。
コーヒーのかさを減らしたところで、天国さんのアドバイス通りに、スプーンでクリームとコーヒーを混ぜる。
真っ白なクリームがとろけて、黒に近い色のコーヒーと混ざり合い、柔らかな茶色に変わっていく。
息を吹きかけてから飲むと、甘くてまろやかで、でもほろ苦い味が広がった。さっきのブラックコーヒーそのままより、ずっと飲みやすい。
「美味しいです……!」
「なら良かった。たまにはコーヒーもいいだろ」
「はい!」
笑顔で返事をした後、バッグの中のスマホに通知が来た。確認すると、空却くんからだった。
「あ、しまった。空却くんたちに連絡しとかないと」
『今どの辺だ?』というメッセージに対して、ぽちぽちと返信を打ち込む。『天国さんに偶然会って、空却くんの家まで送ってもらうことになりました』っと。
「なぁ、俺の名前覚えてるか」
「へ?天国 獄さんですよね?どうしたんですか突然」
「俺には我慢ならないもんが2つある。1つ、やたら砂糖やフレッシュを入れたコーヒー。2つ、3人中1人だけ苗字呼びにされることだ」
「もしかして、仲間外れみたいで寂しかったとか」
「ハブられてるみたいで気にくわねえだけだ」
天国さんが首に手を当ててそっぽを向くので、私は思わず頬をゆるめる。何だか距離が縮まった気がする。