かにもかくにも撮るぜベイベ
□もふもふ、しましょ
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「にっ、兄ちゃああああああん!さぶろおおおおおお!」
ただいまも言わず、玄関で脱ぎ捨てた靴も揃えずに、山田家次男坊こと二郎がリビングに駆け込んでくる。
「どうした二郎」
「静かにしてよ。うるさいなぁ」
その慌ただしさと騒がしさに、一郎は慣れた様子で、三郎は顔をしかめて二郎を見た。
「棗さんが、棗さんがぁ……!」
「まず落ち着け。深呼吸してみろ。な?」
「棗さんがどうしたのさ……。っていうかお前、腕に何抱えて……」
何かを包んでいるように丸まった上着を床に置き、二郎は数回息を大きく吸い込んで吐き出す。
そしてもぞもぞ動く茶色い塊を、2人の方へ見せてこう言った。
「棗さんが犬になっちまった!!」
「……は?もっとマシな嘘はつけなかったの?そこまで自分の低能っぷりを見せつけなくても……」
「んだと三郎ぉ!嘘じゃねーよ!俺はこの目でちゃんと見たんだからな!」
手触りが良さそうな茶色い毛並みに、くりくりした目に、肉球がある小さな手足。
そこにいるのは、どう見ても仲良しのお姉さんではなく、抱きしめて頬ずりをしたくなるほど愛くるしいポメラニアンにしか見えなかった。
「2人で青い袋が特徴のアニメショップに行った帰りに、いきなり違法マイク持った奴らに襲われてよぉ……。ボコしたけど棗さんが攻撃受けちまって……」
ポメラニアンの頭を撫でながら、二郎が八の字眉を更に下げて説明する。
友達をこんな目に合わせてしまったことを気に病んでいるらしく、違法マイクの効果を受けていないはずなのに、ぺたりと垂れた犬耳と尻尾が見えるようだった。
「そんなことある……?ヒプノシスマイクは神経に作用して、様々な状態にするってことは聞いてるけど……」
「二郎。その丸まった上着はどうしたんだ?」
「棗さんの服、道に置いてくわけにはいかなかったから……その、見ねぇように、俺の上着に包んで持ってきた……」
顔を真っ赤にして目線を逸らしながら答える二郎と、こちらを見上げてくるポメラニアンを交互に見た2人は、「あぁ……」と何かを察したような顔をした。
一郎がポメラニアンの方へ向き直ると、ポメラニアンは何かを訴えるような眼差しをしていた。
その茶色い目をじっと見つめ返し、一郎はすっと左手をポメラニアンへ差し出す。
「お手」
ぽん、とポメラニアンが、右の前足を一郎の左手に乗せた。
「おかわり」
一郎の右手に、ポメラニアンが左の前足を乗せる。
「おすわり」
ポメラニアンがおしりを床につけて座る。
「ふせ」
ポメラニアンがお腹をぺたんと床につけて伏せる。
「ばん」
一郎が指でピストルを作り、撃つ真似をする。
ポメラニアンはこてんと床に転がって死んだふりをする。
「この素直さとノリの良さは、棗さんなんじゃねーか?」
「判定の仕方が斬新過ぎませんか!?」
「やり方ちょっとアレだけど、分かってくれて良かったよ兄ちゃん!」
「ほ、ほんとに棗さんなんですか……?」
思わずポメラニアンと目線を合わせるようにしゃがみこみ、おずおずと問いかける三郎。
ポメラニアンは尻尾をぱたぱた振りながら、「わんっ」と返事をするように吠えた。
まるで、こちらの言うことを理解しているようだった。
「やっぱ神宮寺 寂雷さんのとこに連れてった方が良いのかな」
「無理だろ。今の棗さんの姿じゃ、シンジュク中央病院には入れないよ」
「あ!そうだった……!犬だと人間の病院はダメか!」
「ちょっとは考えなよ馬鹿」
「う、うるせえな!」
「おいこんな時まで喧嘩すんな!」
一郎の一喝により、二郎と三郎は慌てて口を閉じる。
弟たちが大人しくなったのを確認してから、一郎は自分の提案を話すことにした。
「とりあえず、こういう場合は1日で効果が無くなることが多い。今日は家で保護して、それでもこのままだったら、寂雷さんに往診を頼んでみよう」
「分かったよ兄ちゃん!」
「了解です、いち兄!」
「棗さんも、それでいいですか?」
「わんっ」
棗も口角を上げて返事をしてくれたので、一郎は胸を押さえながらぽんぽんとその頭を撫でた。