かにもかくにも撮るぜベイベ
□通りすがりのヒーロー
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一旦家に帰った私は、夕方にミントグリーンのロングワンピースと白いボレロに着替えた。
七分袖のゆったりTシャツとジーンズよりは、ホストクラブ向けの服装だと思う。
ホストクラブ行ったこと無いから分かんないけども。
だって相手はシンジュクNo.1の最強ホストだよ?そんなすごい人を独り占めさせてもらうとか、緊張するしかないんだけど。
「やだ怖い。ファンの人に刺される。帰りたい」
珍しく後ろ向きな考えを呟いてから、私は気持ちをエイヤと奮い立たせる。
「腹を決めろ私。伊弉冉さんのお願いをすっぽかす訳にはいかないんだから」
半ば戦に出陣する武士の気分で、私はシンジュクの歌舞伎町へ歩を進めた。
***
お店に入ったら年齢確認されたので、免許証を出して成人女性であることを示す。
名前を告げるとスタッフさんに案内され、着いた先の個室で伊弉冉さんが待っていた。
「こんばんは、子猫ちゃん。来てくれて良かった」
「あ、こ、こんばんは」
伊弉冉さんが、肩に力が入ってカチコチになった私の手を柔らかく引き、ソファに座らせてくれる。
男物の香水の匂いがふわりと漂う。
「可憐な服装もよく似合うね。可愛いよ」
「そうですか?おしゃれして来て良かった〜……」
「昨日は、困っていたところを助けてくれてありがとう。どうかこれを受け取ってくれないかい?」
「いや、お礼なんてそんな……って、これちょっとお高くて有名なお店のマカロンじゃないですか!ほんとにもらっても良いんですか!?」
「もちろん」
「ほわあああ、ありがたくいただきます……!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
ホッとしたように伊弉冉さんは微笑む。
その表情も口調も、昨日見た伊弉冉さんと同じには見えないほど別人みたいだった。
「……あの、昨日はどうしたんですか?いつもと随分様子が違ってましたけど……」
「……昨日はジャケットを着ていない状態でお店に出勤したのだけれど、お店の近くで別の子猫ちゃんが待っているとは思わなくてね」
恐る恐る聞くと、伊弉冉さんは困ったように眉を下げて話し始めた。
「……僕は、過去に女性にひどいことをされた経験があるんだ。だから、スーツ1式を着ていないと、女性とまともに話すことすら出来なくなってしまうんだ」
「……え……」
聞かされた内容に言葉を失う。
昨日見た伊弉冉さんの様子が、ゆっくりと脳内で再生される。
血色を失って青ざめた顔。得体の知れないお化けでも見たように怯えきった目。小刻みに震える体。
「あ、の。嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい。私、帰りま、」
「待って!」
これ以上彼の傍にいたらダメだ。そう思ってソファから立ち上がったとき、彼の手が私の手首をつかんだ。
どこか悲しそうで、なのにひたむきな琥珀色の目が、私をしっかりと見つめていた。
その瞳の力に逆らえず、私はソファにおずおずと座り直す。
「いきなりこんなことを聞かせても、困らせてしまうのは分かってる。でも、君には僕のことを知ってほしかったんだ」
こうして過ごしている間にも、スーツを着てない方の彼は心の中で怖がっているんだろうか。
そう考えると、私はどうしていいか分からなくなった。
気がつけば、そっと手を伸ばして、すべすべの彼の頬にふれていた。
「……私、一応女ですけど……。一緒にいて、しんどくないですか?」
そう言うと、完全無欠でモテモテの王子様のような彼の表情が少し抜けて、子供のように素直な驚きが見えた気がした。
数秒経って、私は自分の大胆な行動にやっと気づいた。
「……あ!すみません!馴れ馴れしくして失礼でしたよね!?本当にすみません!」
「い、いや!いいんだ!」
赤くなった私に釣られたのか、慣れてるはずの伊弉冉さんまで頬を染めてあたふたしてる。
「……不思議な子猫ちゃんだね。君は」
「へ?」
「あぁ、気にしないで。こっちの話さ」
伊弉冉さんはそう言って、部屋の照明が明るさを増したと錯覚するような顔で笑った。
***
「先生〜!ちちちーっす!」
「こんにちは、一二三くん。ここは病院だから、少し声を落とそうか」
「あっ!すんません!」
「それで、今日はどんな相談事があって来たんだい?」
「俺、スーツ着ないで話してみたい女の子ができました!」
「……それは随分と興味深い話だね。詳しく聞かせてくれるかい?」
END