かにもかくにも撮るぜベイベ

□通りすがりのヒーロー
2ページ/2ページ




一旦家に帰った私は、夕方にミントグリーンのロングワンピースと白いボレロに着替えた。
七分袖のゆったりTシャツとジーンズよりは、ホストクラブ向けの服装だと思う。

ホストクラブ行ったこと無いから分かんないけども。

だって相手はシンジュクNo.1の最強ホストだよ?そんなすごい人を独り占めさせてもらうとか、緊張するしかないんだけど。

「やだ怖い。ファンの人に刺される。帰りたい」

珍しく後ろ向きな考えを呟いてから、私は気持ちをエイヤと奮い立たせる。

「腹を決めろ私。伊弉冉さんのお願いをすっぽかす訳にはいかないんだから」

半ば戦に出陣する武士(もののふ)の気分で、私はシンジュクの歌舞伎町へ歩を進めた。

***

お店に入ったら年齢確認されたので、免許証を出して成人女性であることを示す。

名前を告げるとスタッフさんに案内され、着いた先の個室で伊弉冉さんが待っていた。

「こんばんは、子猫ちゃん。来てくれて良かった」

「あ、こ、こんばんは」

伊弉冉さんが、肩に力が入ってカチコチになった私の手を柔らかく引き、ソファに座らせてくれる。
男物の香水の匂いがふわりと漂う。

「可憐な服装もよく似合うね。可愛いよ」

「そうですか?おしゃれして来て良かった〜……」

「昨日は、困っていたところを助けてくれてありがとう。どうかこれを受け取ってくれないかい?」

「いや、お礼なんてそんな……って、これちょっとお高くて有名なお店のマカロンじゃないですか!ほんとにもらっても良いんですか!?」

「もちろん」

「ほわあああ、ありがたくいただきます……!」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

ホッとしたように伊弉冉さんは微笑む。
その表情も口調も、昨日見た伊弉冉さんと同じには見えないほど別人みたいだった。

「……あの、昨日はどうしたんですか?いつもと随分様子が違ってましたけど……」

「……昨日はジャケットを着ていない状態でお店に出勤したのだけれど、お店の近くで別の子猫ちゃんが待っているとは思わなくてね」

恐る恐る聞くと、伊弉冉さんは困ったように眉を下げて話し始めた。

「……僕は、過去に女性にひどいことをされた経験があるんだ。だから、スーツ1式を着ていないと、女性とまともに話すことすら出来なくなってしまうんだ」

「……え……」

聞かされた内容に言葉を失う。
昨日見た伊弉冉さんの様子が、ゆっくりと脳内で再生される。
血色を失って青ざめた顔。得体の知れないお化けでも見たように怯えきった目。小刻みに震える体。

「あ、の。嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい。私、帰りま、」

「待って!」

これ以上彼の傍にいたらダメだ。そう思ってソファから立ち上がったとき、彼の手が私の手首をつかんだ。

どこか悲しそうで、なのにひたむきな琥珀色の目が、私をしっかりと見つめていた。
その瞳の力に逆らえず、私はソファにおずおずと座り直す。

「いきなりこんなことを聞かせても、困らせてしまうのは分かってる。でも、君には僕のことを知ってほしかったんだ」

こうして過ごしている間にも、スーツを着てない方の彼は心の中で怖がっているんだろうか。

そう考えると、私はどうしていいか分からなくなった。

気がつけば、そっと手を伸ばして、すべすべの彼の頬にふれていた。

「……私、一応女ですけど……。一緒にいて、しんどくないですか?」

そう言うと、完全無欠でモテモテの王子様のような彼の表情が少し抜けて、子供のように素直な驚きが見えた気がした。

数秒経って、私は自分の大胆な行動にやっと気づいた。

「……あ!すみません!馴れ馴れしくして失礼でしたよね!?本当にすみません!」

「い、いや!いいんだ!」

赤くなった私に釣られたのか、慣れてるはずの伊弉冉さんまで頬を染めてあたふたしてる。

「……不思議な子猫ちゃんだね。君は」

「へ?」

「あぁ、気にしないで。こっちの話さ」

伊弉冉さんはそう言って、部屋の照明が明るさを増したと錯覚するような顔で笑った。


***


「先生〜!ちちちーっす!」

「こんにちは、一二三くん。ここは病院だから、少し声を落とそうか」

「あっ!すんません!」

「それで、今日はどんな相談事があって来たんだい?」

「俺、スーツ着ないで話してみたい女の子ができました!」

「……それは随分と興味深い話だね。詳しく聞かせてくれるかい?」

END


前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ