小手毬と青い春


□さみしさの音色
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「……ずっと、兄ちゃんがいればいいなって。兄ちゃんさえいれば、仲間とか、友達なんていらないって……」

"兄貴"から"兄ちゃん"に変わった呼び名。
涙混じりの声。
うつむいて、絞り出すように郁弥が言う。

「だから……っ、兄ちゃんがいなくなって、ずっと1人で泳いでたんだ……。本当は、ずっと……」

"寂しかった"。

それが、初めて見せてくれた、郁弥の本音だった。

「……ハルみたいになれば、兄ちゃんがもう1度振り向いてくれるんじゃないかって……」
「それでハルのまねを……」

真琴と同時に納得する。
そんなとき、からりとした調子で旭が言った。

「ばかだなぁ郁弥。そんなことしなくても、お前全然速いじゃねーか。そんくらい、夏也先輩も分かってるよ」

「な、ハル」と同意を求める旭に、ハルが何かをつぶやく。
そして、はっきりした声で告げた。

「郁弥。お前は俺じゃない。俺や夏也先輩の後ろじゃなくて、みんなの横に並べ」

……ハルの命令口調は、こういうときにはぴったりだな。
そう思いつつ小さく笑みをこぼす。

ハルの言葉が引き金になったのか、限界だったのか。
郁弥が声を上げて泣き出した。
今まで寂しかった分を、全部吐き出すような泣き方だった。

いきなり大声で泣かれて戸惑ったのか、旭があちこちまさぐってタオルを探す。
それでも無かったようで、着ていたTシャツの裾を郁弥の方に出した。

「よ、よし!これでふけ!」

焦りが入った声に驚いたのか、郁弥が泣き止む。
一瞬だけ無防備な表情をした後、ふいとうつむいて言った。

「……いらない。そんなきたないの」
「きっ、きたないって何だよ!毎日洗濯だってちゃんとやって……」

そのとき聞こえた、小さく吹き出す声。
小刻みに体を震わせ、郁弥がはじけるように笑い出した。
それを見た旭が元気のいい声を出す。

「おーし!部活に戻ろうぜー!」
「うん、戻ろ!」

真琴の笑顔にこくりとうなずく。
「部活、部活♪」と楽しそうな旭。
郁弥も立ち上がり、やっとこっちに体を向けて。

「うん」

やっと、笑ってくれた。


5人で戻る途中、郁弥がそっとみんなと並ぶ。
その様子を見て、私はそっと自分のハンカチを出した。
四つ葉の刺繍がついた、クリーム色の。

「……これ、今日使ってないから」
「……ありがと」

恥ずかしそうに頬を染めた後。
「洗って返すね」と小さく言って、郁弥はそっと涙をふいた。
前を向いた瞳は、とてもすっきりしていた。
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