かにもかくにも撮るぜベイベ
□お近づきの印にコーヒー1杯
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背中には大きめリュック、肩には小さめショルダーバッグ。最近のお気に入りワンピースの裾を揺らして。
履きなれたクリーム色のスニーカーで、私は改札口を抜けて、再びナゴヤの地を踏んだ。
「にどめましてナゴヤー」
うきうきした気持ちが口からこぼれる。でも、おしとやかな気分は忘れていない。たまにスカートを履いた瞬間、落ち着いて女の子らしくなるような感覚が、私はけっこう好き。
今着ているのは、花柄とデニムの切り替えがあるシャツワンピース。胸ポケットと襟とスカートが青い花柄で、あとは淡いブルーのデニム生地。
可愛さと爽やかさに一目惚れしたこれは、空厳寺(空却くんのお家)での修行体験の帰りに見つけた、古着屋さんで購入したものだ。
アメリカ製ってところも、ロマンを感じたポイント。
今日は久しぶりのガーリーな服に合わせて、コーラルピンクのリップも付けてみた。たまには、こういう格好をするのも良いな。
「さてと、十四くんか空却くんに連絡しようかな」
ちなみに本日、私はお休みを使ってナゴヤに遊びに来ている。前に来たときは、お寺での修行体験がメインで、観光はほとんどしてなかったから。
なので、空却くんたちに会いに行くことと、ナゴヤの街を楽しむのが、今回の目的。ちなみに2人とは、メッセージアプリでやり取りしてたので、私が今日来ることはもう知ってる。
「『ナゴヤ駅着いたよー。今から空却くんちに向かうね』っと……。バスかタクシーあるかなぁ」
とりあえず2人にメッセージを送ってから、スマホを一度仕舞う。きょろきょろと辺りを見回していたときだった。
「お姉さん、どしたの?迷っちゃった?」
「え」
知らない人に話しかけられた。
アッシュ系に染めた短い髪で、前髪を上げたヘアスタイルが何だかチャラそう。ストリートファッションで、片耳には蛇が巻きついてるようなピアスを付けてる。
「いや、迷子ではないです」
「そうなの?てかお姉さんカワイイねー。この後ヒマ?」
「すみません。今日これから行くところがあるんですよ」
「へー、どこまで行くの?オレ案内してあげよっか?あ、急ぎじゃないなら、ちょっとオレと遊んでこーよ」
「あ、前にも行ったことあるので、私1人でも大丈夫ですよ」
「まあまあ、そう言わずにさー。オレお姉さんみたいな人、めちゃくちゃタイプなんだよねー」
ぬぅ、この人なかなか諦めてくれない。
後ろに下がれば距離を詰めてくるし、横を通り抜けようとすれば道を塞いでくる。
「いーじゃん。一人旅的なやつなら、時間なんてたくさんあるでしょ?」
「え、ちょ、」
嘘でしょ手首掴まれた。どうしようこれ。こんなことなら、友達にナンパ撃退法とか教わっとくんだった。
「いやいやあの私知らない人と遊ぶのはちょっと遠慮したいんですけども」
「あは、もしかしてお姉さんウブ?じゃあ移動しながら自己紹介でも────」
「おい」
お化け屋敷の前で、行きたくないと抵抗する人並みに、足を踏ん張る。打開策を懸命に考えていたとき、別の人の声がした。
「……俺には我慢ならないもんが2つある」
ハァ、と呆れたようなため息ひとつ。
白黒はっきりしたライダースジャケットに、リーゼントにした癖のある髪。右目の下には泣きぼくろ。
片手には、マチ付きの茶色い紙袋を抱えている。
「1つ、保存状態が悪いコーヒー豆。2つ、脈ナシなのにしつこくナンパする奴だ」
「天国さん!」
前に空却くんたちと、宣材写真を撮った天国さんが立っていた。
「えー何?おっさん、このお姉さんと知り合いなの?ちょっと外してくんね?オレお姉さんと話してるから」
「ならその手を離したらどうだ。まだ続けるなら、軽犯罪法第1条28号、追随等の罪になるぞ」
堂々とした天国さんの言葉に気圧されたのか、ナンパしてきた人が私から手を離す。それから天国さんに軽く舌打ちをして、「あー残念。お姉さんまたねー」と残して行ってしまった。
「もしかしてさっきの、十四くんが言ってた法律ジョーク?ですか?」
「ジョークじゃねえよ。脅かしただけだ」
「それ言っちゃうんですか……。でも、助けてくれてありがとうございました。天国さん」
「……で、何でお前がここにいるんだ?めかしこんでるところを見ると、仕事じゃなさそうだな」
「今日は観光と、空却くんたちに会いに来たんです。天国さんこそ、どうしてここに?」
「あぁ、だから昨日様子を見に行ったとき、十四がはしゃいでたのか……。部屋に置いてるコーヒー豆を切らしたから、この近くの店に買いに来てたんだよ」
納得したような顔をしてから、天国さんが紙袋をがさりと鳴らして言う。そんな彼に、私は「コーヒーお好きなんですね」と返した。