かにもかくにも撮るぜベイベ

□中王区、こうだったらいいのにな
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「少々手荒な方法でお呼びしてしまい、申し訳ございません。月見里 棗さん」

シブヤにあるアパートで眠りについたはずだったのに。目覚めた私の耳に届いたのは、愛用している目覚まし時計の音ではなく、囁きかけるような口調の綺麗な女性の声だった。

腰や肩が適度に沈み込む、かなり寝心地のいい低反発素材のマットレスから、何とか起き上がる。私はお姫様が使ってるような、立派な4本柱の天蓋付きベッドに寝かせられていた。

その時、優雅な光沢のあるワンピース型のナイトウェアを着せられていることや、手首をピンク色のリボンで縛られていることに気づいて、ぎょっとした。

ベッドサイドには、真っ直ぐで艶やかな濡れ羽色の髪を長く垂らした、白い肌の女の人が立っている。私のお母さんと同じ歳くらいかもしれない。意志の強そうな黒目がちの瞳も相まって、まるで日本人形のような美しさがあった。

こ、この人はテレビで何度か見たことあるぞ……。内閣総理大臣で言の葉党党首の、東方天 乙統女様だ。

なんで現政権のトップがこんなところにいるの。
そしてなんで私は知らない場所にいるの。
待って私起きたばっかりじゃん。変な寝癖ついてたらどうしよう。とんだ寝起きドッキリだよ。

「えーと、東方天総理……です、よね?」

「はい。おはようございます。よく眠れたようですね」

「は、はい」

美声が優しく語りかけてくる。いやいやそんなことを考えてる場合じゃない。

「あの、ここはどこですか?私、自分が住んでるアパートのベッドで寝たはずなんですけど……」

「驚くのも無理はありませんね。説明しましょう。ここは中王区です。あなたが眠っている間に、お部屋にお邪魔して、ここに移動させました」

不法侵入。拉致。そんな言葉が頭に浮かんだ。
これ、もしかしなくても、訴えたら勝てるやつじゃなかろうか。天国さん、何円で手伝ってくれるかな。

「な、何で、そんなことをしたんですか……?」

不安で声が少し震える。東方天総理はふわりと穏やかに微笑み、こう言った。


「あなたには、ディビジョンバトルの優勝賞品の1つとして、中王区に滞在してもらいます。親しい間柄の女性が、我々の手の中にある……。それを知って、あの男どもがどんな顔をするか、見てみたくはないですか?」


「いえ全然」

なるほど囚われ人じゃねーの。
お金持ちの俺様中学生が脳内を横切っていく。起きがけに放り込まれた非日常のせいで、思考回路はショート寸前だった。

***

どうやら今回のディビジョンバトルで優勝したチームには、賞金1億円と他のディビジョンの支配権(ただし中王区が認める範囲内)、そして"私"が与えられるらしい。

「ちなみに、あなたが賞品の1つってことを知ってるのは、あなたと言の葉党の党員と、ディビジョンバトル出場者だけよ」

「そうそう。出場者は中王区内で、アイドル並みの人気が出るからね。中王区に住んでる女性たちの反感を買わないために、あくまで秘密裏にやってるわけ」

「じゃあ私を使わない方が、楽なんじゃないですか?」

「それだと新鮮味や独創性が無いでしょう?それに、1人の女性を巡って争い合うなんて、男性陣にもロマンのある話じゃない」

「勝利を手にしてあなたを迎えに来るのは、どこのディビジョン代表チームかしらね。楽しみだわ」

キャッキャウフフと楽しげに、4人の言の葉党党員の女性たちが語り合っている。落ち着いた雰囲気の優しそうな人と、元気でフランクそうな人と、知的でキリッとした人と、セクシーで恋バナが好きそうな人。

「あなた、何のケーキが好きかしら?」

「えっと、苺もチョコもチーズも……何でも好きです!」

「今日は洋梨のタルトと紅茶のシフォンケーキと、レモンパイがあるの。どれの気分?」

「じゃあ、レモンパイをお願いします」

優しそうな人が、レモンパイを1切れお皿に乗せて、目の前に置いてくれる。それから他の人たちのお菓子を用意し始めた。

「ねぇ、コーヒーと紅茶とジュースだったら、どれが好き?」

「あ、オレンジジュースありますか?」

「あるよー。持ってくるね!」

「えっ、大丈夫ですよ!自分で行きます!」

「まあまあ、あなたはお客様なんだから、座っててちょうだい。ね?」

セクシーな人がウインクをして、私の肩に手を置く。その間にフランクそうな人が、グラスにオレンジジュースを入れて持ってきてくれた。

まるでお姫様みたいな扱いに、嬉しさより気恥ずかしさと申し訳なさを感じる。

それにしても言の葉党の人って、テレビのコマーシャルのせいか、凛としてて男性みたいな口調の強い女!ってイメージが強い。だからか、こんな和やかな空気でおしゃべりをされると、ギャップに戸惑ってしまう。

「皆さん、いつもはこんな感じでお話してるんですか?」

「そうよ。女性同士なら気兼ねする必要無いもの」

「男が相手だったら、舐められないように気を張らないといけないんだよねー。あれ正直疲れるんだよ。言の葉党のプライドにかけて、乗り切ってるけど!」
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