かにもかくにも撮るぜベイベ

□日々のルーティンから離れてみよう
1ページ/2ページ





爽やかな風が流れ込んでくる。

かこぉん、と、ししおどし特有の、竹と石がぶつかり合う音が聞こえてくる。

私は薄く目を開いて、1メートル先の畳を見つめ、正しい呼吸をすることに集中していた。

鼻から息を短く吸い込んで、糸を吐くようにゆっくり吐く。吐ききったら、また短く吸う。下腹を意識して、この手順を繰り返していく。


ぱこぉん!


「ぁいったあ!」

その時、何かを叩くような音と、半べそをかいているような高めの声が、静かで落ち着いていた空気を震わせた。

驚いて肩がビクッと跳ね上がる。ついでに、ぷつんと集中力が切れるのを感じた。

「うえあああん、痛いぃ〜……!」

「だーから、モゾモゾ動くなって何べん言や分かんだよ!」

「だって空却さん!ずっと同じ姿勢はやっぱりキツいっすよぉ〜!」

目を開けて、泣き声と大声が聞こえてくる隣を見ると、頭を両手で押さえている十四くんと、座禅の時に使う棒(警策(きょうさく)と言うらしい)で自分の肩をぱしぱし叩いている空却くんがいた。

「もう40分くらい経った?」

「おー、ちょうど線香が燃え尽きた。てかお前、あんま動かなかったな。十四もちっとは見習えよー」

「あうぅ……。棗さん、辛くないんすか?」

「呼吸することだけ考えてたし、私は何かに集中するのは苦じゃないから、辛くなかったよ」

「へぇー。棗さんはすごいっすね。自分はまだまだっす」

「座禅はこの辺にして、茶でも飲むか。茶請けも持ってくるわ」

「あ、ありがとう。空却くん」

「ありがとうございます!お願いするっす!」

私は今、空却くんの家に、3泊4日の修行体験をしに来ている。空却くんの家は、500年以上続いている由緒正しいお寺だそうで、初めて来た時は想像以上の立派な外観にびっくりしてしまった。

それから空却くんに教えられながら、十四くんと一緒に座禅をしたり掃除をしたりして、普段の生活から離れた日々を過ごしている。

そういえば、寂雷先生は釣りの他にも座禅が趣味だって言ってた気がする。ゆったりしてスッキリした気分になれるし、次に来る時は、麻天狼の皆さんを誘ってみるのもいいかもしれないな。

松が植えられた枯山水の庭を眺めながら、そんなことを考えていると、空却くんが3人分の湯のみとみたらし団子を持ってきてくれた。

「緑茶が美味しいねぇ」

「ヒャハハッ!気持ちは分かっけどよぉ、ババアみてぇな感想だな!」

「空却さん、女性にそんなこと言ったら失礼っすよ!」

「そうだそうだー。私まだ20代だぞー」

縁側に3人並んで座り、湯のみの底に片手を添えてお茶を飲んでたら、空却くんにそんなことを言われた。十四くんが言いたいことを代わりに言ってくれたので、私はのんびり言葉を返す。

檀家さんからの差し入れだというみたらし団子は、ちょっと焦げ目がついた醤油だれがかかっていて美味しい。最近空却くんがハマっているというのも、うなずける味だ。


「なるほど。十四くんは、今の自分を変えるために修行しに来てるんだね」

「そうなんす。自分、すぐ泣いちゃうんで、もっと精神的に強くなりたいんす」

「修行の時もぴーぴー泣いてっけどな」

「うっ……」

十四くんが恥ずかしそうに頬を赤くする。空却くんはそれを見て笑いながら、3本目のみたらし団子に手を伸ばした。

「でも、十四くんなら大丈夫じゃないかな。何だかんだ言いつつ投げ出したりしないし。涙を拭いたあと、また立ち上がって頑張る感じ」

「棗さん……!」

「ほー……。ま、もし修行を投げ出したりなんかしたら、拙僧がとっ捕まえに行くけどな!覚悟しとけよ!」

「ひえぇ……!き、肝に銘じておくっす!」

一緒に過ごす中で思っていたことを伝えると、両手を胸のところで組んだ十四くんに、慕うようなキラキラした目を向けられてしまう。ピュアな大型犬みたいで、少し眩しい。空却くんには、なぜか感心したような顔で相槌を打たれた。

「にゃあー」

「あ、にゃんこだ」

「よく境内(けいだい)に来るやつじゃねーか。ここまで入ってくるなんて珍しいな」

「全然触らせてくれないんすよね。警戒心すごく強くて……」

十四くんがそこまで言った時、キジトラのにゃんこが私を見てから、するりと私の足に擦り寄ってきた。ふさふさした毛がこそばゆい。

「ふふ、くすぐったいよー」

「え、なんで……!?自分たちが近づいたらすぐ逃げちゃうのに……!」

「拙僧たちの時と態度が違い過ぎだろ……!棗、お前マタタビか何か持ってんのか?」

「持ってないよ。私、昔から動物に懐かれやすいんだ」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ