かにもかくにも撮るぜベイベ
□日々のルーティンから離れてみよう
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爽やかな風が流れ込んでくる。
かこぉん、と、ししおどし特有の、竹と石がぶつかり合う音が聞こえてくる。
私は薄く目を開いて、1メートル先の畳を見つめ、正しい呼吸をすることに集中していた。
鼻から息を短く吸い込んで、糸を吐くようにゆっくり吐く。吐ききったら、また短く吸う。下腹を意識して、この手順を繰り返していく。
ぱこぉん!
「ぁいったあ!」
その時、何かを叩くような音と、半べそをかいているような高めの声が、静かで落ち着いていた空気を震わせた。
驚いて肩がビクッと跳ね上がる。ついでに、ぷつんと集中力が切れるのを感じた。
「うえあああん、痛いぃ〜……!」
「だーから、モゾモゾ動くなって何べん言や分かんだよ!」
「だって空却さん!ずっと同じ姿勢はやっぱりキツいっすよぉ〜!」
目を開けて、泣き声と大声が聞こえてくる隣を見ると、頭を両手で押さえている十四くんと、座禅の時に使う棒(警策と言うらしい)で自分の肩をぱしぱし叩いている空却くんがいた。
「もう40分くらい経った?」
「おー、ちょうど線香が燃え尽きた。てかお前、あんま動かなかったな。十四もちっとは見習えよー」
「あうぅ……。棗さん、辛くないんすか?」
「呼吸することだけ考えてたし、私は何かに集中するのは苦じゃないから、辛くなかったよ」
「へぇー。棗さんはすごいっすね。自分はまだまだっす」
「座禅はこの辺にして、茶でも飲むか。茶請けも持ってくるわ」
「あ、ありがとう。空却くん」
「ありがとうございます!お願いするっす!」
私は今、空却くんの家に、3泊4日の修行体験をしに来ている。空却くんの家は、500年以上続いている由緒正しいお寺だそうで、初めて来た時は想像以上の立派な外観にびっくりしてしまった。
それから空却くんに教えられながら、十四くんと一緒に座禅をしたり掃除をしたりして、普段の生活から離れた日々を過ごしている。
そういえば、寂雷先生は釣りの他にも座禅が趣味だって言ってた気がする。ゆったりしてスッキリした気分になれるし、次に来る時は、麻天狼の皆さんを誘ってみるのもいいかもしれないな。
松が植えられた枯山水の庭を眺めながら、そんなことを考えていると、空却くんが3人分の湯のみとみたらし団子を持ってきてくれた。
「緑茶が美味しいねぇ」
「ヒャハハッ!気持ちは分かっけどよぉ、ババアみてぇな感想だな!」
「空却さん、女性にそんなこと言ったら失礼っすよ!」
「そうだそうだー。私まだ20代だぞー」
縁側に3人並んで座り、湯のみの底に片手を添えてお茶を飲んでたら、空却くんにそんなことを言われた。十四くんが言いたいことを代わりに言ってくれたので、私はのんびり言葉を返す。
檀家さんからの差し入れだというみたらし団子は、ちょっと焦げ目がついた醤油だれがかかっていて美味しい。最近空却くんがハマっているというのも、うなずける味だ。
「なるほど。十四くんは、今の自分を変えるために修行しに来てるんだね」
「そうなんす。自分、すぐ泣いちゃうんで、もっと精神的に強くなりたいんす」
「修行の時もぴーぴー泣いてっけどな」
「うっ……」
十四くんが恥ずかしそうに頬を赤くする。空却くんはそれを見て笑いながら、3本目のみたらし団子に手を伸ばした。
「でも、十四くんなら大丈夫じゃないかな。何だかんだ言いつつ投げ出したりしないし。涙を拭いたあと、また立ち上がって頑張る感じ」
「棗さん……!」
「ほー……。ま、もし修行を投げ出したりなんかしたら、拙僧がとっ捕まえに行くけどな!覚悟しとけよ!」
「ひえぇ……!き、肝に銘じておくっす!」
一緒に過ごす中で思っていたことを伝えると、両手を胸のところで組んだ十四くんに、慕うようなキラキラした目を向けられてしまう。ピュアな大型犬みたいで、少し眩しい。空却くんには、なぜか感心したような顔で相槌を打たれた。
「にゃあー」
「あ、にゃんこだ」
「よく境内に来るやつじゃねーか。ここまで入ってくるなんて珍しいな」
「全然触らせてくれないんすよね。警戒心すごく強くて……」
十四くんがそこまで言った時、キジトラのにゃんこが私を見てから、するりと私の足に擦り寄ってきた。ふさふさした毛がこそばゆい。
「ふふ、くすぐったいよー」
「え、なんで……!?自分たちが近づいたらすぐ逃げちゃうのに……!」
「拙僧たちの時と態度が違い過ぎだろ……!棗、お前マタタビか何か持ってんのか?」
「持ってないよ。私、昔から動物に懐かれやすいんだ」