かにもかくにも撮るぜベイベ
□あなたのためのオートクチュール
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例のごとくカメラを持って、シブヤの街を散歩していたら、女の人たちに囲まれている乱数さんを見つけた。
ほう、老若問わず好かれてるんだなぁ。
少女漫画でよくありそうな、遠目から見ても目立つ光景を眺めていると、ぱちんとソーダ味のキャンディみたいなライトブルーの瞳と目が合った。
あ、女の人たちと何かを話してる。
それからバイバイと手を振って、私の方にパタパタと効果音が聞こえてきそうな足取りで、乱数さんが向かってきた。
「奇遇だねっ。オネーさんもお出かけしてたの?」
「はい。……乱数さん、あの人たちを放置しちゃっていいんですか?」
「"用事ができちゃったからまた今度ね!"って言ってきたから、だいじょーぶだよ☆」
本当に大丈夫かなぁ。何やらお姉さま方が、こちらを見てヒソヒソ話してるように見えるんだけど。
「わぁ、そのカメラ見たことないやつだ!面白い形してるね!」
「これですか?Polaroid SX-70っていう、インスタントカメラですよ」
乱数さんに見えやすいように、カメラを掲げながら説明する。
コンパクトに折りたためるから持ち運びが楽だし、何よりレトロなこのデザインがお気に入りなんだよね。新品だと結構お高いから、質のいい中古品を買ったのだ。
うろうろ動きつつ、色んな角度からカメラを楽しげに観察した後、乱数さんは私の手を軽く握った。
「ねぇねぇ、今から僕の事務所に来てよ〜」
「へ?」
「新しい服を作ろうと思ってるんだけど、なかなかイメージに合うオネーさんがいなかったんだぁ。だから、オネーさんの雰囲気とサイズを参考にしたくって!」
「私で良いんですか?」
「オネーさんがいーの!さっそくレッツゴー!」
軽やかに歩き出す乱数さんに手を引かれ、雑踏の中を進んでいく。
天真爛漫で自由奔放。そんな彼と一緒にいると、何かワクワクする出来事が待っているような気がしてくる。
もしかしたら、アリスが白うさぎを追いかけてた時、こんな気持ちだったのかもしれないな。
***
「うぅ……。やっぱり、服脱がないと駄目ですよね?」
「うん!正確なサイズを測るためだからね。下着は脱がなくてもオッケーだよー」
明るい色で塗られたイラストに、たくさんの資料。トルソーに飾られた服や独特なデザインの置物等など、華やかな色彩が溢れる事務所で、私はえいやとパーカーを脱いだ。
男の人の前で下着姿になるのは恥ずかしいけど、相手が乱数さんでよかった。背丈が私と数センチしか変わらない、ビスクドールみたいな見た目の女の子だと思えば乗り切れる。
ベルトを外してジーンズを下ろし、白いキャミソールも脱ぐ。着ていた服は軽く畳んで、端の方に置いておく。
今日、パステルイエローの可愛い下着つけてて良かった……。
「じゃあ採寸するよ〜。じっとしててね」
「はーい」
乱数さんが巻尺を伸ばし、肩幅から順番に測っていく。ひんやりした帯が肌にふれて、ピクッと小さく反応してしまう。
「ちょーっとガマンだよぉ」
「は、はいぃ」
優しく語りかけながら、胴回りの1番細い位置に、乱数さんが帯を回す。
その時いきなり、部屋のドアが勢いよく開いた。
「乱数ー、ここかー?」
遠慮なく入ってきた帝統が、ブラとショーツしか身につけていない私を見て、フリーズする。
私も目を見開き、開いた口が塞がらなかった。
3秒ほど時間が止まった後、私と帝統は同時に叫んでいた。
「に゛ゃあああああああ!?」
「わあああああぁぁぁ!」
私は必死に胸を両手で隠し、ぺたんと床に座り込む。乱数さんは巻尺を解き、真っ赤になって慌てる帝統と私を笑いながら見ていた。
「やっ、やだやだ何で帝統がいるの!?」
「なっ、ななな何で棗が下着姿なんだよ!何やってんだ乱数!?」
「えー帝統はナニしてると思ったのー?」
「ま、まさかエロいことか!?」
「何言ってんのバカ!」
「とにかく棗はこれ着ろ!」
「わぷっ」
バサッと顔に、帝統が着ていたモッズコートがかかる。これで身体を隠せってこと?帝統って意外と紳士的なところがあるん……。
「うわ、タバコくさい」
「おい!俺の心遣いを床に放るなよな!」
ぺいっとコートを軽く投げる。帝統がキャンキャン言ってくるけど、許してほしい。コートからは、タバコはもちろん、お酒と何か野生っぽい臭いもした。
「実はオネーさんの採寸してたんだぁ。まだ測るところが残ってるから、帝統はまわれー右っ!」
「お、おう!分かった!」
帝統がバタバタと慌ただしく部屋を出ていく。その様子に気が抜けて、ため息をついてから、私は立ち上がった。
「ちゃちゃっと終わらせちゃおっか」
「ソウデスネ」
下着姿をがっつり見られた衝撃は、まだ心の中に消えない染みを作っていた。