かにもかくにも撮るぜベイベ
□シンデレラを片手に
1ページ/1ページ
「いらっしゃ〜い、棗ちゃん」
シンジュクディビジョン2丁目。
『烏合の衆』と書かれた看板があるスナックのドアを開けると、カウンターに座る"彼女"がタバコを灰皿に押し付けて、ひらひら片手を振っていた。
「こんにちは、潤さん。いつもの頂けますか?」
「分かったわ。ちょおっと待っててネ」
体のラインに沿ったドレスの裾を軽く揺らし、潤さんがカクテルを作り出す。
私は彼女が座っていた席の隣に腰を下ろした。
「無性に、綺麗な世界のカワイコちゃんと話したくなる時があるのよね〜。棗ちゃんが来てくれて嬉しいわ」
「私でよければ、いくらでもお話聞きますよ」
「うふふ。お姉さん、棗ちゃんのそういう所、大好きよ」
安僧祇 潤さんは、骨格や声は男性だけど、仕草や口調は女性なのが特徴。つまりオネェさん。
私からお店に行く時もあれば、今日みたく潤さんからのお誘いで会う時もある。
「はい、どうぞ。かわいいお姫様」
「ありがとうございます」
液体が入る部分が逆三角形の形をしている、足の長いグラスの中で、オレンジ色のノンアルコールカクテルが揺れる。
お姫様呼びに少し照れながら、三角の下部を親指と人差し指で支えて持ち、こくりと飲み込む。
オレンジとレモンとパイナップルの、すっきりした甘さが舌の上に広がった。
「美味しい〜……」
「ふふ、棗ちゃんはいつも美味しそうに飲んでくれるから、作りがいがあるわぁ」
思わず顔がほころぶ私を、隣の席に移動した潤さんが楽しそうに見つめてくる。
「こんなに感情表現豊かで良い子なのに、どうして男の影が無いのかしらね〜」
「お、男……。潤さんってば、私をそんな目で見る人なんていませんよー」
「あら。どうしてそう思うの?」
「実はその、今までそういう機会が無かったので」
「それは周りの男たちがヘタレだったから。もしくは棗ちゃんと友達でいることに満足しちゃうタイプだったから、じゃないかしら。またはその両方ね」
色気を含んだ目で顔を覗き込まれ、私はついドキッとした。割と唐突に始まった恋バナに、顔が少しずつ火照っていく。
「でも友達として付き合いやすいことは、棗ちゃんの美点なのよね。中性的で、雰囲気がさっぱりしてるもの」
「そうなんですかー」
「そう。そしてこれは女の勘だけど、棗ちゃんは磨けば更に光る女の子だわ。いい?棗ちゃん。女は見られることで美しくなるのよ」
そう言って潤さんは、ぱちんと軽くウインクをした。
私はそれにぽーっと見とれながら、グラスの残りを飲み干した。
"夢見る少女"がどう変身していくのか、ほんの少しだけ想像をふくらませながら。
END