かにもかくにも撮るぜベイベ
□百聞は一見にしかず
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真っ白でふわふわのパンを両手で持って、ぱくりと1口。
甘さ控えめの生クリーム。
それを彩るいちごとキウイ、そしてメロンのジューシーな甘さが、口いっぱいに広がった。
「ん〜……!」
目を閉じてフルーツサンドを味わい、飲み込んでから、甘酸っぱいりんごジュースをストローで飲む。
ここは中王区にあるオープンカフェ。
今日は中王区在住のモデルさんの写真撮影のために、許可証を使ってここへ来た。
今は仕事を終えたので、観光と休憩中。
重厚な壁に囲まれた風景は新鮮だけど、私には何だか窮屈に思えてしまう。
中王区の壁に、もっと芸術的な落書きがあれば、写真の撮りがいがあるんだけどなー。
トウキョウに覆面ストリートアーティストとかいないのかなぁ。
いたとしても、警備の人や監視カメラがたくさん配置されてるから、落書きは無理かな。
そんなことを考えながら、フルーツサンドをかじっていた時だった。
「失礼。相席しても構わないか?」
凛とした女性の声が聞こえ、ゆるく巻かれた髪が目の前で揺れた。
「あ、はい!どうぞ」
この時間帯は混むのか、周りは人がたくさん座っていて、空いている席は私の目の前くらいだ。
「感謝する」
女性らしい豊かなプロポーションを、タイトなワンピースと丈が長いジャケットに包んだ彼女は、コーヒー片手に椅子に腰掛ける。
うわぁ、きつい顔立ちの美人さんだぁ。
赤いルージュを引いた唇はつやつやで、ツリ目は長いまつ毛と赤いアイシャドウで縁取られてる。
カップを持ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、その態度は威厳に満ちていて、一般人ではなさそうな予感がした。
「……そんなに見られると、気になってしまうな」
「あっ、すみません……!つい見とれてしまって」
「いや、いいんだ」
彼女の声や表情が、少し柔らかくなる。
改めてその美しさに感心しながら、私は残っていたフルーツサンドとりんごジュースを、残さず胃に収めた。
「お前は、写真が好きなのか?」
「?はい。好きです」
「例えば、どんな所が好きなんだ?」
「んーと。その時にしか無い一瞬を切り取って、残しておけるから……ですかね。動画は時間を残せますけど、写真は奇跡を生み出すこともありますから。そこが魅力的です」
テーブルに置いていたカメラに目をとめた彼女の質問に、丁寧に答えていく。彼女はどこか楽しげな様子で、私の話を聞いてくれた。
気づけば、色んな会話を彼女としていた。
好きな食べ物のこととか、仕事のこととか、趣味のこととか、主に友達とするような話。
話のきりが良いところで、彼女は席を立った。何でも他に用事があるらしい。多忙なお仕事をしているそうだし、それ関係だろうか。
「名残惜しいが、今日は久々に楽しかった。また会おう」
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
「……花の無い実。それで調べるといい」
暗号めいた言葉と、面白がるような笑み。
ジャケットの裾とワインカラーの髪が艶やかに揺れる様を、私はカメラに収める代わりに目に焼き付けた。
***
スマホが着信を告げる。
通話ボタンを押して耳に当てると、彼女にとって耳障りな甲高い声が、無遠慮に響いた。
「やっほー!オネーさんっ☆」
「……相変わらず五月蝿い声だな、飴村」
「あはは〜!無花果オネーさんってばヒドイよー。あのオネーさんには優しかったのに〜」
「……」
「今日会ったんでしょ?"男にお仕事頼みたくなーい"っていう理由で、ディビジョンバトル出場者専用みたいに何度もご指名してる、写真家のオネーさんにっ♪」
「……そうだな。集めた情報を眺めるよりも、直接会う方が人となりを見やすい」
朗らかで無垢。態度も良い。
あの12人と親しいと聞いてから、奴らを大人しくさせるために利用しようかと考えていたが、彼女に会ってその考えが変わった。
愛らしい小鳥は、危険な目に遭わないように、鳥かごで守るべきだ。
「貴様らのような野蛮な下郎共に、あの娘はもったいない」
END