かにもかくにも撮るぜベイベ

□仕事の話は本当です
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問題!私は今どこにいるでしょう?
A.ここがシブヤであることを疑うほどひっそりした地域にある、和風の小さな平屋の前。

幻太郎さんが住み込みで家事をしてくれる人を募集していたのは本当だったらしく、数日前にメッセージアプリで情報が送られてきた。

期限は1週間で、彼の自宅にお泊まり。
家政婦さんを参考にしたのか、日給は1万円。
仕事内容は、掃除と洗濯、朝昼晩の料理作りと買い物。

空いた時間にスナップ写真撮影に出かけても良いと言われたので、私は彼からの依頼を快く聞き入れ、荷物をまとめて彼の家に来たという訳である。

玄関チャイムを鳴らすと、からからと音を立てて引き戸が開き、安定の着物姿の幻太郎さんが出てきた。

「こんにちは。1週間限定の家事代行サービスです」

「おや、思ってたよりも早かったですね。1週間よろしくお願いします、三田さん」

「月見里です」

ノリよく付き合ってくれる幻太郎さんと話しながら、通された部屋に荷物を下ろす。

「まずは掃除ですか?」

「そうですね。小生の仕事部屋からお願いします」

鞄から出したエプロンを身につけてから聞くと、そんな返事が来たので、私は幻太郎さんの後について仕事部屋へ向かった。

扉をスライドして開けると、床のあちこちにメモ帳やら紙やら書籍やらが散らばっていた。

「……わお。意外な散らかりようですね」

「そろそろ、これらを片付けたいと思っていたのでありんす。手伝ってくんなまし♪」

「はーい。片付け場所は明確にしとくと良いですよ」

まずは書籍から拾い集めて、さかさかと本棚の空きスペースに入れていく。
幻太郎さんも私の後ろで、紙に印刷された資料をせっせとかき集めていた。

「貴女って人は、けっこうお人好しですよね」

「え、そうですか?」

「えぇ。ノーと言える所もありますが、なんだかんだ言いつつ相手を自分の領域に入れたりする所もあるでしょう?」

「あ〜……。そう言われると身に覚えがあるような。よく分かりますね?」

「そりゃあ、小生にはすべてが解けますから」

「幻太郎さんは、いつからヘビになっちゃったんですか?」

おどけたように笑う幻太郎さんに、本棚から引き抜いた1冊の本を向けて、笑い返す。

サン・テグジュペリが書いた『星の王子さま』の表紙を見て、幻太郎さんは感心したように目を丸くした。

「ほう。話が通じる人ですねえ」

「名作ですし、何回も読み返しましたからね」

そういえば、王子さまが旅の途中で出会った点灯人は、独歩さんにちょっと似てたな。
忙しい仕事を一生懸命してる所とか、眠るのが好きって言ってた所とか。

そんなことを考えながら本を仕舞う作業に戻ったとき、見覚えのある表紙が目に止まった。

海洋生物、宝石、田園風景、等々。
それらは、私がかつて世に送り出した写真集だった。

「うわぁ、懐かしい」

「あぁ。それは風景描写の資料として取り寄せたものですね」

「こんなに買ってくださったんですか……。ありがたい」

「ちなみにそれらを参考にして書いた小説がこちらになります。書店にて好評発売中」

「宣伝が抜かりないですな」

「これが小生の収入源ですからね。そういえば、今日は貴女に相談したいことがありまして……」

生き生きした顔で著作物を紹介していた幻太郎さんが何かを言いかけたとき、玄関チャイムが騒々しく来客を告げた。

ピンポン。
ピンポーン。
ピンポピンポピーンポーン。

「……幻太郎先生〜。原稿の締切は昨日だったとか言いませんよね」

「失敬な。小生が締切を破ったことなんて1度もありませんよ。まだ1枚も出来てないと嘘をついて、既に仕上がってる原稿をなかなか出さなかったことはありますけど」

「終わってるなら出しましょうよ。ある意味人を困らせる所業ですよ」

「そうでしょうねぇ。ある担当には怒られ、ある担当には泣かれ、またある担当には原稿が終わるまで文机の足と手首を縄で繋がれたことがあります」

「ひぇ……強硬手段だ……」

「まぁ最後のは嘘ですけど」

話してる間にもチャイムはピンポンパンポン鳴っているので、私はとりあえず家主の幻太郎さんを連れて玄関に向かった。

「どなたですかー?」

「小生ただいま留守にしておりまする〜。この家には誰もいないでござる〜」

「いや留守なら声しねーだろ!俺だよ俺!入れてくれ幻太郎〜!棗〜!」

「オレオレ詐欺が家を訪問する時代ですか……。物騒な世の中になったものですね。では棗、掃除の続きをしましょうか」

「いやいやいや今の声オレオレ詐欺じゃなくて帝統ですよね?いいんですか入れてあげなくて」

「助けても助けても恩返しをしない鶴を助ける余裕はもう無いでおじゃる〜」

「ガラス越しに見える影的に、帝統が引き戸の前で土下座してるんですけど」
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