かにもかくにも撮るぜベイベ

□千里の道も一歩から
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不測の事態というものは、本来存在しない。
自分が今まで経験したことが無かったから、そう感じただけだ。

そんな言葉を昔、誰かから聞いたことを思い出した。

それなら今私に降り掛かっているこの状況も、予測しようと思えば出来たのだろうか。

まだお日様が空のてっぺんにある時間帯に、シンジュクの町中で、マイクを持ったヤンキーっぽい人に突然攻撃されるなんて。

あ、マイクで頭とかぶん殴られた訳じゃないです。
背後から機械を起動させる音がして、振り向いたら耳障りなラップのリリックが聞こえて、頭がグラグラして立ってられなくなった。

驚きや混乱が周りの人々に伝播していく。
気持ち悪さと戦いながら、通り魔みたいに襲ってきた人の顔をカメラで撮ろうとしたときだ。

「やめろ……っ!」

黒い人影がまるで私を庇うように飛び込んできて、ヤンキーっぽい人を突き飛ばした。


***


……その後どうなったかは、よく覚えていない。
気がついたら、私は真っ白な床に倒れ伏していた。

「……うぇ」

何となく吐き気みたいなのを感じ、思わず口に手を当てる。さっき聞かされたラップの影響が、まだ残ってるらしい。

「ここ、どこ……?」

もしかして、最近ニュースでよく見る"違法ヒプノシスマイク"の事件に巻き込まれたのかな……。

まずは体を起こして辺りをうかがう。
そこはとにかく真っ白な四畳半くらいの部屋で、綺麗な印象を受けると同時にぼんやりとした不安も感じた。

ずっと閉じ込められてたら、少しずつおかしくなりそうな、そんな部屋だ。

ドアは1枚だけで、窓と家具は何一つとして無く、部屋が更に広く感じる。
そのおかげで、私の他にもう1人、うつ伏せに倒れているのが分かった。

黒いジーンズに、黄色いラインが入った黒いスニーカー。黒いパーカーをすっぽり被ってるから、顔も髪型もさっぱり分からない。
一昔前の不審者スタイルにも見えてしまう。
背丈の長さからして男の人だろうか。

部屋が白いせいで、黒ずくめの姿はかなりくっきりと目立っていた。

足音を立てないように気をつけて、恐る恐る近寄ってみる。
まだその人は意識を取り戻してないみたいで、ぴくりとも動かない。

ためらいながらパーカーのフードに手を伸ばし、そっと脱がせる。
黒い布の中から、淡い黄緑色のインナーカラーが入った金髪が現れ、天使の輪を描くようにきらめいた。

「ひ、一二三さん……!?」

こんな特徴的な髪色を持つ人は1人しか知らない。
……あれ?そういえば一二三さん、スーツじゃなくて私服だね?

そう思ったとき、以前ホストクラブで聞いた言葉が、脳内でゆっくり再生された。

"スーツを着ていないと、女性とまともに話すことすら出来なくなってしまうんだ"

……ん?これ、まずくない?

「う……、ん……?」

そのとき一二三さんの手が少し揺れた。
彼がかけたサングラス越しに、私と一二三さんの目がばちりと合う。

「……ひいぃっ!?」

「え、あ」

一二三さんはひっくり返ったような声を出し、びっくりする速さで部屋の隅に移動し、すらりとした体を丸く縮こまらせてしまった。

あまりの別人っぷりに私が固まっていると、また機械が起動するような音がした。
その方向を見ると、ドアの上にいつの間にか細長い電光掲示板があり、文字がネオンサインのように点滅している。

『5分間言葉を交わさないと、出られない部屋』

「…………は?」
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