かにもかくにも撮るぜベイベ
□通りすがりのヒーロー
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カメラ片手に夕方の歌舞伎町を歩いていたら、大変な現場を目撃してしまった。
「ねぇ一二三、どうして目を合わせてくれないの?どうしていつもみたいにあたしのことを褒めてくれないの?」
染めた巻き髪に華やかなメイク、高そうなワンピースとハイヒールを身につけた女の人が、伊弉冉さんに詰め寄っている。
伊弉冉さんはいつもと様子が違っていた。
口説き文句をさらりと言ってのける口からは何も出てこないようで、女の人が話しかける度に肩がビクッと跳ねる。
女の人を見る伊弉冉さんの目がとても怯えているようで、私は覚悟を決めて2人の間に突撃した。
「ちょっとすみませーん!」
「っ!」
「なっ、何なのあなた!まさか一二三狙い?そんなの許さな───」
「わぁっ、やっぱり近くで見ると素敵なお姉さんですね!まるで夜の町に輝くネオンサインみたい!」
「……え?は?」
ぽかんとする女の人の手を両手で掴み、私は頭を働かせながら彼女に話しかける。
「私は写真家で、スナップ写真を撮るのが趣味なんですけど、今日はあなたみたいな夜の蝶!って感じの大人なお姉さんを探してたんです!もし良ければ、写真のモデルになっていただけませんか?」
「そ、そんなに、あたしの写真が撮りたいの……?」
「はい!できればもう一刻も早く!」
熱意を込めて彼女の目を真っ直ぐに見つめると、女の人は照れたように頬を赤くして目線をそらした。
「しょ、しょうがないわね。そこまで言うなら……」
「ありがとうございます!じゃあ早速あっちの、お店がたくさんある明るい方に行きましょう!こんな薄暗い通りよりも、お姉さんのツヤツヤお肌が綺麗に写りますよ!」
上手いことその気になってくれた女の人の背中に手を添えて、人がたくさんいる方向に歩き出す。
こっそり後ろの様子を伺うと、伊弉冉さんがアスファルトの上に座り込んでいるのが見えた。
そっと会釈をし、私は女の人を連れて人混みの中に紛れ込む。
だから私は、彼が物言いたげに唇を動かして、手を伸ばしかけたことに気づかなかった。
***
翌日。私はまたシンジュクに来ていた。
この日は公園でお昼を食べる観音坂さんがいるから、2人で雑談をすることにしていた。
四面四角のビルから解放されたかのような、木々に囲まれた都会のオアシス。
そんな印象を受ける公園のベンチで、サンドイッチをもそもそ食べてる観音坂さんを見つけ、私は声をかけた。
「こんにちは。隣失礼します」
「あ……こんにちは。どうぞ」
隣に腰掛けて、コンビニで買ってきたカレーパンの包みを開け、1口かじる。サクサクの生地に、甘さとスパイシーさが合わさったカレー。久しぶりに食べたけど美味しい。
「「あの……」」
ふと昨日のことを思い出して観音坂さんに声をかけると、2人分の声がハモった。
「あ、観音坂さんからどうぞ!」
「いや、俺は後でいいから。君から先に……」
「えっと……じゃあ、伊弉冉さんって双子だったりしますかね?」
そう聞いてみると、観音坂さんは「あー……」と何か納得したような声を出した。
「実は、俺が言いたかったのもそれ関係のことなんだ。まず、昨日一二三から聞いた。あいつのことを助けてくれて、ありがとう」
「いえ。あの時、伊弉冉さんが女性に怯えてるみたいだったので、女性の方を連れ出しただけで……」
「それでも、そこまで状況を把握して行動に移せるのは、すごいと思う」
歳上の人に頭を下げられるなんて今まで無かったから、ついオロオロしてしまう。
顔を上げた観音坂さんが、いろいろ話してくれた。
「確かに別人みたいに見えるだろうけど、スーツを着て君を口説いてた一二三と、昨日君に助けられた一二三は同一人物なんだ」
「そうなんですか……」
確かに、背中に満開の黄色いバラを何本も背負ってるみたいなイケメンが、そう何人もいる訳なかったな。
「俺の方からは、これ以上は話せない。一二三が君をホストクラブに招待したいって言ってたから。あいつが自分で話したいらしい」
「ほ、ホストクラブ……ですか?」
「……そういう場所は、苦手か?」
「苦手というか、ルールもマナーも分からないペーペーなので、入っても怒られないか心配なんです。あと、めちゃくちゃお金かかりそうで怖いです」
「そこは心配しなくても、大丈夫だと思う。……俺が口を出す立場じゃないのは分かってるけど、あいつ直接お礼を言えなかったこと気にしてたから、一二三のためにも行ってやってほしい」
私を見つめる目からは、優しさと誠実さが見えた気がした。
伊弉冉さんのこと、気にかけてるんだな。
「はい」
素直にうなずくと、観音坂さんはふっと口元を緩めて穏やかに笑った。