かにもかくにも撮るぜベイベ
□星を巡る旅路
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──────どこかで星が流れた。
漆黒の石に彫刻刀を引いたように、それは夜空に白い線を描き、燃えるように輝いた。
枯れては咲くことを繰り返す花の星で、1人の画家がその流星を仰いだ。
それは、不思議な出会いを紡ぐ物語の幕開けだった。
***
王様と盗賊と科学者。
偶然出会い、行動を共にし、星々を巡る旅を続ける3人は、とある星に着陸した。
「……随分平和そうな星だな」
盗賊が拍子抜けしたように呟く。
チューリップ、スズラン、ヒマワリ、バラ、リンドウ、スノードロップ。
その他にも季節を問わない無数の花々が、見渡す限り大地を覆っていた。
「ここも違うか?」
「……ああ」
王様の問いかけに科学者がうなずいたとき、柔らかな声が聞こえた。
「何と違うの?」
3人が声の方に顔を向ける。
そこには1人の画家が椅子に腰掛けて、木製のイーゼルに立てかけたキャンバスに絵筆を走らせていた。
「こんにちは」
柔らかく微笑むその人は、ゆったりした服を着ていて体型が分からない。
足には何も履いておらず、足首には銀色のツタを象ったアンクレットが巻きついている。
男か女か判別がつかないが、他人の警戒心をほどくような、あどけない顔をしていた。
「人がいたのか。絵の邪魔をして、すまない」
「邪魔なんて思ってないよ。気にしないで」
王様と画家が話している間、盗賊と科学者は画家のキャンバスを見た。
群青色に塗りつぶされたそれを斜めになぞるように、一筋の流星が描かれている、幻想的な色合いの絵だった。
「僕が昔に見た、流れ星だよ」
2人の視線に気づいた画家は、懐かしそうな目で説明をしてから、絵筆をそっとパレットの上に置いた。
「お客さんなんて、何年ぶりだろう。良かったら、僕に君たちの話を聞かせてくれる?」
王様は話した。
焼け落ちた剣の星を、後悔と夢を抱きながら、ただ1人救命艇に乗って脱出したこと。
盗賊は話した。
祭司たちが支配する水晶と砂の星で、貧富の差が激しく退屈な生活をしていたときに、王様と出会ったこと。
科学者は話した。
光り方を忘れ氷に覆われた星で、人の道を外れ大切なものを失ったこと。
故郷が見たいというただ一つの願いを叶えるために、連れ出してくれた2人と旅をしていること。
澄んだ目の画家と話をするうちに、3人は画家がたった1人で、この星に住んでいることを知った。
時折3人のようにふらりと訪れる客人から、外の星の話を聞くのが楽しみの1つなのだと、画家は話した。
「なぁ、お前も俺たちと来いよ」
「余の船には、もう1人なら乗ることができる。共に旅をしよう」
「話を聞くより、自分の目で見に行こうと思わないか?」
盗賊と王様と科学者は、手を伸ばしていた。
世界は画家が想像しているよりもずっと広いことを教えたいと、思ったから。
画家は自分に差し伸べられた3人の手を見て、驚いたように目を見開き、嬉しそうに笑い、寂しそうに眉を下げた。
「ありがとう。……でも、僕は行けない」
画家は花の星に留まることを選んだ。
王様と盗賊と科学者は、また別の星へ向かうことになった。
3人を乗せた船が見えなくなるまで、画家は手を振りながら見送っていた。
何も見えなくなった。
静寂が戻った。
画家は絵を描いた。ここに訪れた3人の絵を。
彼らのことを忘れないように、キャンバスの中に記憶を残した。
風が吹き、花が揺れた。
画家の体がゆっくり傾き、椅子から花の中へ崩れるように倒れた。
画家の体から力が抜け、傍で咲く花たちが美しさを増していく。
大地から摘み取られた花が早く萎れるように、自分がこの星から出られないことを、画家は知っていた。
この星と自分は、切り離せない関係なのだ。
画家は思った。
いつかまた、自分はこの星で生まれて、命を終えるだろう。
いつかまた、あの3人に会えたなら。
今度はどんな話を聞かせてくれるのだろうか。
「君たちの旅路に、幸多からんことを願ってるよ」
芳しい花の香りに包まれながら、画家は幸せそうな表情で目を閉じた。
「……ん……」
カーテンから透けた朝日が、部屋をほのかに明るくしてる。
もう朝か。そう思いながら、私はベッドから体を起こした。
何だかすごく、ファンタジックで懐かしい夢を見ていた気がする。
幻太郎さんの小説を、昨日読んだからかな。
テーブルの上には、この前撮った白い椿の写真と、幻太郎さんの新作小説がある。
タイトルは『Stella』。ラテン語で星を意味する名詞だ。
それらを見て、私はふとこう思った。
「……今日は、花の写真を撮りに行こうかな」
END