第三弾

□「ばか」と一言だけ
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駅の階段を登ると外は雨だった。
確か今朝の天気予報では曇り、降水確率は30パーセント。天気予報士は一言も雨だなんて言ってなかったし、降水確率も高いわけではなかったので傘を持たなかった。なぜ自分は傘を持たなかったのか。読みが少し甘かったと感じると同時に愛弓は落胆した。

「ついてない…」

さて、ここからどうするか。
雨は徐々に酷くなる一方だ。どうせ仕事帰りなのだからこのまま走って帰っても良いのだが、びしょ濡れになるのは目に見えてる。さすがにそれは周りの目が痛い。その考えはすぐに却下した。辺りを見るとやはり傘を持たないで歩いている強者はいない。
とにかく今はこの事態をどうにかしなければ。どこかに傘を売っているお店はないだろうか、と暫し考えた。そういえば駅の隣にあるコンビニがあった気がする。愛弓は駆け足でそのコンビニへと向かったが、残念ながらビニール傘は売り切れだった。本当についていない。
仕方がないので走ってきた道を戻り、少しの間だけ様子をみようと駅近くにある誰もいない屋根付きのバス停のベンチに座った。それからポケットの中にある携帯電話を取り出し、メールのチェックをしたり、最新のニュースなどを読んで暇を潰すことにした。

「どうしようかなぁ…」

携帯電話を使うのもそろそろ飽きてきた頃、ふと外の景色を眺めた。ベンチからすぐ傍のところに交差点がある。歩行者用の信号に目をやるとちょうど青になったようで、歩行者が一斉に歩き出した。その人混みをぼんやりと眺めていたら見覚えがある男に気付いた。
左手に傘を持った紺色のニット帽。その帽子で思いつく者は唯一人。

「赤井さん…?」

赤井さん、と呼ぶその彼は愛弓の恋人だった。なぜ彼がここを歩いてるのかがわからないが、その恋人を偶然見つけたのが嬉しく、ベンチから立ち上がって声を上げようとした。

「…っ!」

息が止まりそうだった。
よく見ると赤井の隣には金髪の女性らしき人がいる。どうやら外国人のようだ。しかも親しげに喋っている。

「もうシュウったら…」
「…うるさいぞ」

二人の仲睦まじげな会話が聞こえてきた。それを聞いてしまった愛弓はなんとも言えないような気持ちになり、彼と顔を合わせるのも癪なのかまたベンチに座った。

「じゃあ、ここで」
「ああ」

信号を渡りきった先で赤井はその外国人女性と別れ、周囲を見渡していた。するとベンチに座っていた愛弓に気付いた赤井はゆっくりとこちらへ近寄る。

「愛弓、ここにいたか」
「赤井さん…」
「帰るぞ」
「…?どうしてここに…?」
「雨だ」
「え?」
「仕事が終わり、お前の自宅へ行けばいつも使っている傘は玄関に置きっぱなし。雨も酷く降り出してきた。傘を持たないお前は駅前で困っているのではないかと予想ぐらいできるさ」

赤井は愛弓の自宅の鍵を持っている。どうやら彼はその鍵で彼女の自宅に入り、玄関に置いてあった傘を見つけたのだろう。

「……そう」
「…?どうした、機嫌でも悪いのか」
「別に」
「…もしかして、見てたのか?」
「…っ!」
「ホォー、どうやら図星か」

赤井は楽しそうな顔をする。

「……」
「あの女は、お前が心配するような関係ではない。安心しろ」
「え…?」
「ただの仲間だ」
「仲間…ってことは、まさか…」

赤井はFBI捜査官。その仲間ということは彼女もその一人。

「そうだ。にしてもまさか妬いてたとはな」

くくく…と赤井は声に出して笑った。
愛弓にとってはショックな出来事だったので赤井に笑われたことが少し悔しかった。

「笑わないで。いきなりあんな場面を見たら誰だって動揺するに決まってるよ。もう、赤井さんなんて嫌い…」
「おやおや、 『嫌い』とは 随分な言われようだな。こちらは疑われたというのに」
「だって…」
「そう言うやつには、罰を与えないとな」
「えっ…」
「動くな」

愛弓は赤井に腕を掴まれ、勢いよく引き寄せられた。そして、彼との顔の距離が近いと思った瞬間、愛弓の唇には柔らかく少し冷たい感触が伝わった。

「ちょっと…っ!」
「俺はただ、うるさいお嬢さんに罰を与えただけだ。」
「もう…そういうとこ、ほんと嫌い…」
「ホォー…、まだ言うつもりか?」
「う、うるさい…」
「ならばその口、もう一度塞いでやろう」



「………ばか、」


今度は互いの手を絡め、二度目のキスをした。



「ばか」と一言だけ



(雨はまだ、止みそうにない。)





後書き。

以前から赤と黒のCrash!様の一読者だったのですが、サイトを立ち上げたのを機に今回の企画に参加させていただきました。主催者のそめや様には感謝です。
そして、最後まで読んで頂いた読者の皆様、本当にありがとうございました。
ちなみに金髪の女性とは皆様もご存知のあの捜査官です。

2014/5/19 もみ子

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