第三弾

□本音スコープ
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〜本音スコープ〜



数日間自身を苦しめていた熱がようやく下がった。
外は既に暗い。



―明日には、仕事にも行けそう……



そう思い、伸びをした時
来訪を告げるチャイムが鳴り響いた。
次いで鍵を開ける音、扉を開く音が耳に届く。

勝手にここまで上がり込んで来る人物は一人しか居ない。



「……いらっしゃい」


「なんだ、起きていたのか」



廊下から部屋に繋がる扉を開け、その人物が姿を現す。
彼にしては珍しく、少し驚いたような表情をしていた。



「熱は……下がったのか?」


「ようやく落ち着いてきたとこ、かな」


「本当に?」


「嘘言っても仕方ないじゃない」



彼が少しずつこちらへ歩み寄る。
ここしばらく、連絡すらして来なかった癖に。
今更来るなんて。



「だから心配してくれなくても良いし、
明日も仕事あるんだから帰ってくれても良いのよ?」


「随分な言い様だな。折角様子を見に来たというのに」



少し、遅いのでは?
なんて皮肉の言葉を飲み込んだ。

彼に会えただけでも嬉しいというのに。
何故か意地を張ってしまって、素直な言葉が紡げない。



「それはありがとう。でも」



また一歩、彼がこちらへ歩み寄る。
思わず後ろへ下がった。



「……本当に良くなったか、ら……」



一歩ずつ下がっていると、壁にぶつかった。
目の前に立つ彼。
いつの間にか壁に追い込まれていた。



「……そうか?」



顔の横に手をつき、こちらを覗き込んで来る。
壁と彼の手に阻まれて身動きがとれない。



「顔が赤い」



真っ直ぐ見詰めてくる瞳に耐えきれず、視線を逸らした。



「やっぱり、まだ治っていないのではないか?」


「治ってないなら……うつるよ」


「……君にうつされるなら、風邪でも歓迎する」



顔を寄せ、耳元で囁く。
触れる吐息に、思わず体が跳ねた。



「……っ、それは困る、よ」


「そうだな」



目を閉じて耐える自身の頬に指を添えて引き寄せられ
彼と視線が重なる。



「またしばらく会えなくなるのは、困る……そうだろう?」


「……」



―嗚呼、全て彼は分かっているんだ……



本当は嬉しかった。
そして、彼はそれを知っている。



「……負けた」


「勝負をしたつもりはないんだが」



苦笑を浮かべながらこちらを見つめている。
微笑み返せば体を引き寄せられ、優しく抱きしめてくれた。
耳に彼の唇が寄せられる。



「次は、なるべく早く来れるようにする」


「遅くてもいいの……貴方は来てくれるから」


「君に寂しい思いはさせたくないんだがな」



少しくすぐったい。
それ以上に、彼の温もりを隣で感じられる喜びの方が大きかった。



「そんなに、寂しいって思ってないから……」


「ホー……だったら、この手は何かな?」


「え……?」



言われるまで気が付かなかった。
無意識の内に、彼の背中に両手を回し、しっかりと服を握り締めていた。



「……あ、」



―まあ、そんな所も愛おしいのだが……



「意地を張らなくても良い。悪いのはこちらなのだから」



そう言って笑いながら、優しく首筋に唇が落とされた。
緊張か、期待か。
黙って彼の服を握る手に力を込めた。



「……フッ」



その様子を見て彼が静かに笑った。

全て、彼の計算通りの展開なのだろうか。
もしそうだとしても、構わない。
本当は心の中で望んでいたことなのだから。


                         end




全てを見透かす彼のヒトミは、まるでスコープ。

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