第六弾作品

□最後の晩餐
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「ロゼ…!ロゼ…!」
私を呼ぶ声が聞こえる。少し寝て、頭がスッキリしたのが分かる。
うっすら目を開けると、ちょっと、退屈したじゃんか、とキャンティが拗ねたように私を見下ろしていた。

あたりはすっかり日が落ちて、昼間照らされていた砂浜は季節が変わったかのように、すっかりとおとなしくなっていた。波の音がすぐそばにあって、この音は夢の中でも聞こえていたような気がする。

「ごめんね、少し疲れちゃってたみたい。」

そう私が答えた頃には、
彼女は鏡を見ながら、自分の日焼けを気にしていた。

「あ〜〜、日焼け止めやっぱ塗ればよかったかな、めっちゃヒリヒリする。」
「天気が良くてよかった、キャンティいっつも影で仕事してるから、今日くらい日焼けしようよ。」
「いや、好きでいつも影から狙撃してないって。でも、もう何年もこういう仕事してたら、すっかり日陰になれちゃうな。」

私達2人は、コテージのデッキで、ひんやりしたリクライニングチェアに身体をもたれさせながら、明日は水上バイクに乗ってみようか、とか、花火をしちゃおうか、と明日のバカンス満喫計画を目論んでいた。

ここは組織が所有しているとある日本の南の方にあるコテージだと、キャンティが言っていた。いわゆる、「プライベートビーチ」ってやつだ。たまたま近くで仕事があったキャンティに、2泊くらいしようよ!とバカンスに誘われたので、私も休みを頂いて、部屋の隅で眠っている大きなリュックに荷物をつめてここへ来たのだった。

私はキャンティの本名を知らない。
彼女も、私の本名を知らない。
世間とは切り離された私達は、知り合いも多くないし、実際、私は彼女以外の友人は居なかった。

きっと、彼女も同じだと思う。私達はこの先、ずっとこのままで良いのか、というような不安を、私とキャンティだけは感じていたと思う。しかし、組織の裏切りは=死であり、そんな共通の大きな爆弾のそばにいる私達は、その導火線を見えないもののように、そして誰かの爆弾に火が付けられても祈るような気持ちでその火を見守っていた。(現にアイリッシュの時もそうだった)キャンティの特徴的なショートカットが夕日に照らされて、少女のように澄んでいた。彼女はもう、何人も人を殺している。

遠くの方から、エンジンの音が聞こえた。バイクの音だね、と話してきっとウォッカが仕事を終えて合流するのだろう、と私達は思っていた。コーラ買ってきてくれたかな、いやビールかもしれない、お肉もあったら軽く焼きたいね、いいね、なんて言いながら、面倒見の良いウォッカがいつも持ってきてくれるお土産に期待を寄せた。

「ハイ、ふたりとも楽しんでる?」

バイクから降りてきたのは、意外な人物だった。

「ベルモット…!」

「なに、驚いたような顔して。昔は私もここによく遊びに来たのよ、ほら、あなた達が今寛いでるチェアも、引き出しのサングラスも、全部私が揃えたのよ。」

そういえば、どことなく女性が買って揃えたようなデザインが多い。最初にここに来て感じていた違和感が解消されたとともに、少し複雑な気持ちになった。ベルモットは、”誰”とここに来ていたのだろうか。部屋の中には高価な食器や、ブランドもののタオルや、部屋着などが揃えてあり、洗濯機やトースターまで用意してあったのには二人で驚いたのだった。その、”誰と”の『誰』は、きっと彼だ。

「ベルモット、あんた洗濯機なんて回せるのかい?」

キャンティがグラスのマンゴージュースを飲みながら笑うと、

「あら、失礼ね。私は意外と、料理だって上手いのよ。」

自分の家のようにドアを開け、コツコツと部屋に入っていき、
冷蔵庫をあけたベルモットから、ちょっと!!あなた達、まるで子どもの誕生会じゃない!!という大きな声が聞こえてきたので、なんだかおかしくて二人でクスクスと笑った。

どうしてだろう。アジトにいる時や、仕事をしている時は不思議とベルモットが敵のような感覚になるし、時々キャンティも「あいつは信用できない」という愚痴を漏らす。私にも同じ感覚はあるのだが、それはキャンティに気持ちとは少しだけ形が違うような気がしてた。

「あ!ズルいよあんた!そこに隠してたんだね!」

キッチンマットの下には隠し扉があったらしく、いかにも高価そうなワインを取り出して、グラスに氷を入れ、そこにじょぼじょぼと音がするほど勢いよくワインを注ぐベルモットは、なんだか子どもがジュースを継いでいるようで笑ってしまったが、一口飲んでシガーに火をつける姿は女の私でも惚れ惚れするような振る舞いで、悔しくもならなかった。

3人は、いつの間にかキッチンで煙をくゆらせながら、ベルモットがかつて購入したワインを飲んでいた。

「コルンは一緒じゃないの?あなた達、同じ現場でしょう?」
「あいつはこうトコ、けっこう好きなんだよ。だからこそ、一人で来たいんだとさ。」
「コルンらしいね。」
「意外と読書家でさ、空いた時間には本ばっか読んでんだ。なんの本読んでると思う?」
「えー、コルンでしょ、、意外と恋愛ものの小説とか読んでたりして。」
「ファーブル昆虫記。」

最初に吹き出したのは、ベルモットだった。
ひとしきり3人で大笑いすると、私達は姉妹のようにお互いのグラスにお酒をつぎ、ベルモットがキッチンマットの下の扉からギリギリ賞味期限が切れていないジャーキーなんかを引っ張り出したりなんかするから、それにもげらげら笑った。
ふと窓を見ると、あたりは真っ暗になっていて、夏らしい、虫と波の音が響いていた。
なんだか不思議な空気だ。誰かポロッと、爆弾(裏切り=死)の話をしそうで、本当にこの組織でこんな事をやっていていいのかという話題が出そうで、私はヒヤヒヤしていた。窓の外から、見慣れた2つの明かりがコチラに近づいているのが見えた。特徴的なエンジンの音はコテージの駐車場で停まり、ドアを開ける音が2つ聞こえた。

これまた、とても意外な訪問である。
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