短編
□赤い糸
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小学校時代
「露伴ちゃん、学校いっしょにいこー。」
中学校時代
「露伴ちゃん、鍵忘れたから電話貸してー。」
高校時代
「露伴ちゃん、両親また家出たから泊めてー。」
岸辺露伴との関係を簡潔に言うと、兄妹に近い。
文句を言いつつも面倒見の良い兄と頼りない妹。
そんな関係をずるずると続けたまま私たちは二十歳になってしまったわけで。
「露伴ちゃんー、飲もう!!」
「君の良識を問う質問なんだが、今は夜の何時かわかるか?」
仕事を終えて、コンビニで酒を買う。
家に帰らずにインターホンを鳴らしたのは露伴ちゃんの家である。
ついでに現在時刻は21時半。
たしかに友人をアポなしで誘うには遅い時間と思われるが、これが初めてというわけではないので露伴ちゃんはしぶしぶながら私を家に招き入れてくれた。
テーブルに載せた酒の量に彼は顔を引きつらせていたがそれはもう今さらである。
「またフラれたのかよ。」
「うるさい。」
鼻で笑うあたり本当に性格は悪いと思うのだが、グラスをすっと用意してくれたり本当に面倒見のよい兄を連想させる。
「聞いてよ!フラれた理由!元カノが忘れれなくてって!!」
「前の彼氏がそうじゃなかったか?」
「それは前の前の彼氏よ。」
私は梅酒を一気にあおった。
それを見て露伴ちゃんはオイオイオイと言いたげな顔をしたが、新聞紙とビニール袋を張った洗面器を用意しだした。
これ完全私が吐く前提じゃないか。
「そんなに男運が悪いのにホイホイ付き合うってのも滑稽な話だな。」
「だって、運命の人は自分から探しに行かなくちゃいけないでしょ!」
「本当に運命なら探さなくても見つかるだろ…。」
そう言ってあきれ果てた顔でウイスキーを飲む露伴ちゃんを何度見ただろうか。
その既視感がすでに私の男運の無さを物語っているわけで。
「だってー、私の職業、女性ブランドのアパレルだよ〜?自分から出会いに行かなきゃ出会う男の人なんて露伴ちゃんぐらいだよ〜。」
「僕は対象外というわけか?」
いつもならおどけたように言うセリフが今日はやけに真剣に聞こえて思わず露伴ちゃんを見ると、グラスも持たずに真顔でこちらを見つめていた。
「急にどうしたの…?」
私は喉が渇いた気がして一口お酒を飲んだ。
アルコールはまだ覚めず身体は熱かった。
「僕としてはこうして君が失恋するたびに慰めてたら振り向いてくれるかもと期待してたわけなんだが、君は別の男をすぐ見つけてくるし、相手にされていないワケなんだなっていう確認だ。」
「それ…露伴ちゃんが私のこと好き…みたいだよ?」
おもしろくない冗談だよーと笑い飛ばそうとしたが、どうもそれができそうにない。
急に緊張で体が震えるのがわかった。
「君は僕がこうして懇切丁寧に告白したからやっと僕を男として意識してくれたワケだな。」
露伴ちゃんにぐっと手を掴まれて、そんなに強い力でもないはずなのに私は動けなかった。
「失恋した後に男の家で失恋の愚痴を言って寝泊まりするって…それなりの覚悟はあるよなァ?」
急に露伴ちゃんが怖くなって私は俯いてしまった。
手はさっきよりがたがた震えていて、どうしてこんなに怖いのだろう。
露伴ちゃんがこわいのか、今までのぬるま湯のような関係がなくなるのが怖いのか、よくわからなかった。
露伴ちゃんは私の顎にすっと手をやり、顔を持ち上げた。
瞳がぶつかるよりも早くに露伴ちゃんの唇が私の唇とぶつかって、キスだなんて思う隙もないぐらい舌で口内をかき乱されて、唇が離れたときは私はへろへろだった。
私たちの唇を繋ぐ銀の糸がぷつりと切れて、しばらく私たちは無言だった。
「すまない。酔っていた。」
露伴ちゃんはそう言って私からすっと身を離した。
離そうとした。
それを止めたのは私の腕で、私はただ、露伴ちゃんを繋ぎ留め、ここからどうすべきかなんてわかっていなかった。
今まで私たちを繋いでいたのが、もし運命の赤い糸なんていうものだとすれば、それは大変滑稽な話である。
私は糸を見て見ぬふりをして、別の運命を模索していたのだから。
きっと露伴ちゃんはいっそ切りたかったのだ。
片割れがどこに行こうともちぎれぬその赤い糸を切りたかったから私に口づけたのだろう。
「いいよ…。」
私の小さな声に露伴ちゃんは一瞬頭に疑問符を浮かべた。
「キスしよう、露伴ちゃん。」
そう言い終わるよりも早く私は露伴ちゃんに口づけた。
露伴ちゃんも私も見えない赤い糸に惑わされるのが嫌で、きっとそれと同時にその赤で縛ってほしいのだ。
見える糸はきっと私たちの口元を繋ぐ銀だけなのだけれど。