短編

□瞳に映すものが違う私たちについての考察
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※長編億泰のはなし。
一部で住所録見て怒られたときの話です。











すきなひとができました。






彼は入学間もないある日に、この学校に転校してきて、そしてわたしのクラスにやってきました。



彼は虹村億泰君といいます。




私はクラスでも目立たない方で、明らかにヤンキーっていうか、不良のような彼とはなんの接点もなかったんです。







そんな私が彼を意識したのは、購買でパンを買い損ねた日のことでした。



うちの購買は競争率が高くて、その日は特に混んで、パンが買えませんでした。





そんな日に限ってお弁当を家に置いてきてしまった私はおなかをすかせて、お弁当を食べる友人を見るにもつらくて、なんとなく屋上に行きました。





屋上、本当は立ち入り禁止なんです。




一人の屋上は風が強くて、私は一人で、大きな声で歌を歌いました。



中学では合唱部でした。


高校では帰宅部で、合唱なんてしてなかったけれど歌いたかったんです。




歌が終わるとどこからかぱちぱちと拍手が聞こえてきて驚きました。



昼寝をしていたらしい億泰君でした。




私は人に聞かれていたことが恥ずかしくて顔が真っ赤になったのを自覚しました。



逃げようとしたのですが、億泰君に呼び止められました。





「お前、スゲーなァ!オレなんて音痴でよォ〜…。」




まさか褒められると思ってなくて驚きました。





「合唱部…でしたし…。」



「やっぱり?声のハリっつーかよォ、オレ、初心者だけどやっぱ歌うまいやつはなんかスゲーってわかるモンなんだなァ〜。」





億泰君がそんなことを言ってる間に私のおなかが大きくグリュリュリュと音をたてました。



お昼ご飯を食べていないのです。




今度こそ恥ずかしくて、逃げ出そうと思ったのですが、億泰君の大きな体は入り口をふさぐ形で立っていました。





「お前、飯食ってねーのか?」



「お弁当なくて、購買も売り切れて…」





俯きながら私がそういうと、億泰君はほらよと言って私の手にパンを一つ握らせてくれました。




驚いて顔を上げると、億泰君は笑顔で、歌聞かせてもらったお礼だと、また聞かせてくれよなと言ってくれたのです。





恋に落ちた瞬間でした。













そんな彼は今、ピンチです。




職員室にある、生徒の住所録を盗み見たとかで退学、良くて休学の危機とかなんとか。



驚いて職員室に向かうと人だかりがあって、かき分けて進むと怒られてる億泰君と怖い顔の先生。





億泰君の顔は反省してる顔ではなくて、まっすぐな意志をもって、なにかの理由で住所録を見たことがわかって、どうにかしなきゃって思いました。




でも、私になにができるのかわかりません。


なにもできないかもしれない。





億泰君、見た目が怖いから誰も味方しようとしていません。



唯一かばってくれそうな彼の友人の仗助君、康一君はどこにいるのでしょうか。







「お前なんか退学だ!!反省もしないとは!!!」



声をあらげる先生に私は驚いて、職員室の中に入ってしまいました。




その瞬間私に集まる視線。


この中で億泰君は一人で戦ってたんだ。




億泰君は「お前…どうして…」ともともと丸い目をもっと丸くしてます。





億泰君と会って話したのは実はあの一度だけで、もう話すチャンスはないかもと思ってたし、億泰君が私を覚えてくれてる自信もなかった。





でも、今の反応で億泰君が私を覚えてくれてることがわかって、なんだか勇気100倍だ。なんでもできるよ私。











「先生。私のせいなんです。」





いつもおどおどして人の目をみて話せない私。


初めて先生の目を見てしゃべった。






「私、家の住所が変更になって、それの連絡がきちんとできてるかわからなくて、でも、確認する勇気がなくて、虹村君にこっそりチェックできないかって相談したんです。」





無茶な話だと自分でも思いました。



これ以上の言い訳見つかりませんもん。



ただ、唯一幸運だったのは先日本当に私は引っ越しをして、住所をたまたま変えていました。





先生は私と億泰君を交互に見つめて、まぁ山田が言うなら本当だろうとため息をつきました。



普段真面目にしていて本当によかった。






「今度からはちゃんと先生に相談して、盗み見るなんて馬鹿な真似はよしなさい。」



と怒ってから、今回は特別にと罰則はなしにしてくれました。






職員室から出て、ギャラリーも徐々に解散していきました。




私と億泰君はそこに立ち止まったままでした。







「屋上、行こうぜ?」



億泰君の言葉に私は頷きました。







屋上はあの日と同じぐらいに晴れて、風も心地よくて、私は目を細めました。










「なんでお前はよォ…、オレをかばったんだ?」




億泰君は遠くの風景を見つめていました。






私も遠くを見つめます。





「億泰君に歌をほめてもらえてうれしかったです。パンまでくれた優しい億泰君がただ罰せられるのを見てられなかったんです。」






私と億泰君の瞳には同じ景色が映っているのでしょうか。



それはきっと違います。





私と億泰君は別人で、価値観も違い、同じ方角を見ていても同じものが見えているとはかぎらないのです。









「でもよォ…こう言っちゃあ失礼だけどよォ…、オレ、お前の名前も知らないんだぜ?そんな奴、怒られてまで助けたかったのか…?」





「山田花子といいます。」






名前も知らないことは知っていた。



名乗っていないのだから当たりまえだ。










「私、あの日から億泰君に感謝してました。中学の部活動は厳しくてほめてもらったことなんてなかった。ただ唯一ほめてくれたのはあの時の億泰君だけなんです。名前ならいつでも教えれるし、怒られてもその時間が憂鬱なだけで困りません。」





私は風景から目をそらし、億泰君を見つめました。



億泰君は知らない間に私を見ていました。






「今からでも、お友達からでいいんで、私と仲良くしてくれませんか…?」




私の言葉に照れくさそうに頷く彼の瞳には私が映っていて、私の瞳にはきっと彼が映っています。






ほら、瞳にうつすものは人それぞれなのです。

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