短編
□真っ青な嘘を吐く。
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『花子、元気?』
「お母さん、急にどうしたのよ。」
久々に田舎の母からかかってきた電話はいつもどおりのたわいのない世間話ではなかった。
『アンタ恋人はいるの?』
「急にどうしたのよ〜。」
まぁいないわけじゃないけどさーと笑いながら返事をする。
今、私が電話しながらくつろいでいる自宅には私以外の人影がある。
その大きな人影は凛々しく寄贈された学生服に似合わないピンクのエプロンをつけ、私の家のキッチンでせっせとご飯を作っている。
彼、東方仗助は成り行きはさておき、私の彼氏であり、そして社会人の私に対して彼は現在高校一年生、16歳である。若い。
『アンタ、恋人いるのね?今度の日曜日、父さんとそっち行くから紹介しなさいよ。』
「へっ!?」
母からの提案にすっとんきょうな声を上げてしまった。
キッチンにいる仗助君がこちらを驚いたような顔で見ている。
私は大丈夫、と目配せしてから再び電話の方に集中を向けた。
「母さん、急にどうしたのよ。」
『いやぁ、アンタに見合いの話が来たんだけど、彼氏がいるならちゃんと確認してお断りしなきゃ…』
「確認の必要はある?」
『見合いが嫌って見栄はってるんじゃないでしょうね、と…』
そもそも見合いの話を知らなかったのだからそんなことはない。
いつもなら彼氏に会わせて話をうまくまとめることができるのだが、今回ばかりはそうとはいかない。
何故なら彼は高校生。両親になんと言われるかわからない。
せめて高校卒業するまでは内緒にしておきたいのだが。
『とりあえず彼氏さんにお願いしといてね。』
「えっ!?ちょっ!?」
そんな思いは関係ないとばかりに電話はあっさり切られてしまった。
「母さんったら昔から身勝手なんだから!!!!」
「どうしたんスか?オレ、聞きますよ。」
電話が切れたタイミングでちょうど餃子を持った仗助君がやってきた。
キッチンで晩御飯の準備をしてくれていた彼は電話の内容まで聞き取れていなかったようだ。
「親がちょっと理不尽な要求してきただけよ。」
いただきます、と手を合わせ餃子をつつく。
仗助君と付き合ってから、週に何度か私たちは晩御飯を一緒に食べるようになった。
それも全部仗助君の手料理。
仕事で疲れているだろうと彼は不器用ながらにいろいろ作ってくれる。
味も案外良くて、本当にイケメン、高身長、気遣いできる彼はいい男だと思う。
まぁ、年齢に多少問題はあるのだが。
「理不尽な要求って?」
話はまだ続いていたようで、仗助君は餃子を頬張りながら首をかしげた。
「親がねー、彼氏いないなら見合いしろって。」
「彼氏いないならって、花子さんにはオレがいるじゃないスか〜。」
「彼氏がいるって言ったんだけど紹介しろってうるさいのよ。」
ふとこんなこと言ってしまったけれど、この紹介について仗助君はどう思ってるのだろう。
私の親は今、付き合ってる彼氏と私は結婚前提のお付き合いと思い込んでいるのだ。
しかし、私たちはこれだけ、住む世界も見える景色も違うぐらいに歳が離れているのに、結婚なんて未来は見えないのだ。
そもそも流れでお付き合いしてしまったけれど、私は未だに仗助君を恋愛感情で好きなわけではないのだ。
あの日から私たちはキスこそしたけれど、セックスなんて一度もしてないし、仗助君もそれでなにも言わないからうやむやのままで、一歩も進まない関係が今の私たちなのだ。
「その、花子さんのご両親の紹介って結婚、とか見据えてのアレ…ですよね?」
「まぁ、そういうことだろうね。」
急に食卓が無言になって気まずい。
「仗助君は気にしなくても親にはテキトーにごまかすから大丈夫だよ。」
「え?」
「急に結婚とか言われても重いでしょ?私も仗助君と結婚とかイメージ湧かないしさ。」
笑ってそんなこと言ってたら仗助君は顔を伏せてしまった。
なんか気に障ること言ったか?
結婚とかやっぱり重い話するんじゃなかったか?
そんな思いを巡らせてたら、仗助君はばっと顔をあげた。
涙目の彼を見てびっくりした。何で泣いてるの。
「オレ、こうやって花子さんとご飯とか食べるの好きなんスけど…」
「え、うん…」
「花子さん、めっちゃ喜んでくれるし、結婚とかしたらこんな感じで二人で毎日ご飯食えるんだなとか思っちゃったりしてたんスけど、花子さんはオレとは結婚したいとか思ってくれてないんスね…。」
「え、ああ…」
純粋に返事が出来なかった。
仗助君が私のことめちゃくちゃ好いてくれてるっていうかなついてるのはわかったたけど、それはさ、なんていうか年上のお姉さんって若い男の子みんながなんか好きじゃん?そういう部類のあこがれだと思い込んでたんだけれど、彼の今の言葉を聞く限り、どうやらそれはただの間違いだったようだ。
そして、私は未だに仗助君のことが好きだと思いきれないのだ。
「オレが高校生だからっスか?」
知らない間に仗助君は机の向かい側から隣に移動していた。
なんていうか嫌なプレッシャーみたいなものを感じる。
「オレ、まだたしかに結婚できる歳じゃあないです…。でも、なんで花子さんはオレに本気になってくれないんスか?」
仗助君は本気なのだ。
私に対して、私と彼の歳の差に、身分の差に、両親に、すべて本気なのだ。
それがわかってしまった今、私は彼にどう言えばいいのだろう。
彼とどう向き合うべきなのだろうか。
「私は…」
唇が震える。
私は彼のことをどう考えるべきなんだろう。
答えはずっと前にでているのだ。
ぐううううううううう、と場違いな音が部屋に響いた。
餃子に一口しか口をつけていない私のおなかは限界だったようだ。
「私は…おなかがすいた…。」
顔を真っ赤にして私がそういうと仗助君は困ったように眉を寄せてそうっスねと同意した。
それからそれ以上その話が進むことはなかった。
ご飯を食べ終わると仗助君は洗い物までしてくれる。
キッチンでせっせと作業している後ろ姿に私は歩み寄った。
「仗助君。」
「なんスか〜?」
さきほどの真剣な空気とは打って変わって仗助君は和やかな雰囲気だった。
「今度の日曜日、両親にあなたを紹介したい。予定はある?」
「……いいんスか?」
仗助君は洗い物の手を止めて、驚いたような顔でこちらを見ていた。
「ただ、この質問だけ正直に答えてほしいの…。」
私は目をきゅっとつむった。
「仗助君と私、あの日、本当にセックスしたの…?」
付き合ってからずっと疑問だった。
彼とはキスどまり、それにあの夜、関係をもったなんて痕跡はこの家に、この体に一切なかった。
そんなこと聞いて、もし関係がなかったってなったら私はどうするのだろう。
仗助君と別れるのだろうか。
「オレ、花子さんと寝ましたよ。」
ばっと目を開けて仗助君を見つめた。
「オレ、花子さんとエッチしました。」
付き合ってからとくにこれといったデートもしてないが、彼が嘘をついてるとき、私が嘘をついてるとき、お互いになんとなくわかっていた。
だからお互いに嘘はつかなかった。
だけど、それでも今仗助君が嘘をついてるとわかった瞬間になんだか涙がでた。
彼はバレるとわかっても、この嘘をつきとおさなければならなかったのだ。
だって、この嘘が私たちを繋げる唯一のものだったのだから。
「そっか。日曜日は?」
「空けます。」
洗い物を始めた彼の後ろ姿を見たとき、初めて彼と結婚するイメージが沸いた。
初めから私は彼に惹かれていたのだ。
彼がつく真っ青な嘘に。