短編
□君の息を呑む
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「露伴の奴って女っ気ねーよな。」
通りすがりのカフェのテラスから失礼極まりない言葉が聞こえ、思わず立ち止まった。
仗助のクソッタレめ聞こえてるぞ。
どう落とし前をつけてやろうかとイライラしながら近づこうとすると、後ろから「もしかして露伴ちゃん?」と声をかけられた。
オイオイ、馴れ馴れしいなと後ろを振り返ると、そこには女性が一人立っていた。
身長は平均ぐらいだろうか。太っているわけでもめちゃくちゃ痩せているわけでもない。
おしゃれなパンツファッションで日傘を差して、両耳に大きなオレンジの輪切りを模したピアスをつけていた。
「誰だよ、君は。」
「忘れたの〜?無理もないか〜。小学校のとき同級生だった花子だよ。」
「ああ。」
僕は小学校の六年間ずっと同じクラスで一番仲が良かったであろう彼女のことを思い出した。
「お前、ずっとこの町に住んでたのか?」
大体の人間が都会に進出してるだろう。
小学校の友人と会ったのは花子が初めてだった。
「ずっと実家暮らしよ。露伴ちゃんは今漫画家さんなんでしょ?」
漫画読んでないけど、と失礼なところも小学校の頃と変わりないようだ。
「読め。君に読んでもらわなくても僕の漫画が人気であることは不動の事実だが、読んでないなんて僕の前でへらへら笑う女がいることが不快だ。」
「今度買う買う。そんな人気漫画家の露伴ちゃんはこんなとこで何してるの?」
そうだった。クソッタレ仗助に文句を言いに行こうとしていたところだった。
もう一度様子を見るとどうやら僕に女っ気ないなどというふざけた話は大いに盛り上がり、ホモなんじゃねーのかなんて言ってやがる。
一緒にいる億泰の野郎も許さん。
「すごい顔してるわよ、露伴ちゃん…。」
ふと妙案を思いついた。
「花子、お前、僕の友人だよな?」
「今更何言ってるのよ。まさか数年会ってないからって他人なの?」
「友人の沽券にかかわるお願い、聞いてくれるな?」
「なによそれ…。」
呆れ顔の花子に僕と腕を組んでついてきてほしいこと、僕がいいと言うまで何も言わないことを頼む。
つまり、花子を連れて仗助たちに声をかけてやろうという作戦だ。
花子は今からなの、ととまどいながらも承諾してくれた。
腕を組んでカフェに入る。
腕を組んで距離が近くなったから急に花子の香りを意識した。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
仗助たちの席についた。
「そこにいるのは仗助と億泰じゃないか。」
仗助と億泰は僕と隣に立つ花子を見た瞬間に固まった。
「ろ、露伴…その女の人って…」
「ああ、紹介したことなかったか?僕の恋人の花子だ。」
僕のこの言葉には花子も驚いたようで真っ赤な顔で目を見開いて僕を見つめたが、約束通り黙ったままだった。
「いつから露伴、恋人いたんだよ…。」
仗助は目を丸くしたままだ。ざまあみろ。
「お前に詳しく教える義理はないが、かなり前からだということは教えといてやる。」
適当なタイミングで、そろそろ時間だから帰ろうと花子に言って、僕らはカフェを出た。
しばらく歩いた後、僕がもういいぞと言うと花子は不機嫌そうに、恋人にされるなんて聞いてないんだけどと離れた。
甘い体温が遠ざかり、僕は少し名残惜しく感じたが、すぐに何を思ってるんだと思いなおす。
「腕組んで歩けなんて大体そうなるだろう。モデルでもするつもりだったのか?」
「露伴ちゃんホントそういう厭味ったらしいところ直した方がいいわよ?」
「さっきから思ってたが露伴ちゃんはやめろ。」
正直、二十歳になってちゃん付けで呼ばれることになるとは思ってもいなかった。
まぁ、杉本鈴美を例外としてなのだが。
「じゃあなんて呼ぶのよ。岸辺?それとも岸辺先生〜なんて崇めれば気が済むの?」
「普通に露伴でいいだろ。」
「露伴ちゃんは露伴ちゃんなのよね…。」
なんだそれは。
僕は呆れてため息をついた。
「ホラー、そういう人を見下す感じ。小学校の頃から良くないと思ってたー。」
「君の視点が悪いんじゃないか?自分で言うのもなんだが、僕はモテてたぜ?」
「まぁ私も露伴ちゃん好きだったしなー。」
ビックリして思わずむせた。
大丈夫、なんて花子は首をかしげるが大丈夫なんかじゃ全くない。
「初耳だぞ、それ。」
咳が収まってすぐ花子にそう言うと花子はしれっと
「言ってなかったもん。」
なんてぬかしやがった。
「なに、露伴ちゃん。まさか今さらそれ聞いてときめいちゃってるとか?」
花子はにやにやしながら僕の顔を見上げた。
僕は睨み返すが、花子はそんなの関係ないとでも言うように僕を見つめたままだった。
動揺しないはずがないのだ。
何故なら僕の初恋で、小学校時代の青春の矛先は花子だったのだから。
つまり僕たちは気づかないうちに両想いだったのだ。
小学校時代両想いだったからって今もそんなワケないと笑えるほど僕には余裕がなかった。
彼女は再会してから今までのこの一時で僕の心の面積を埋めていっているのを感づいているのだろうか。
にやにやと笑うその顔は小学校時代の面影も残しつつ確かに大人になっていた。
「僕も…小学校の頃、花子が好きだった。」
「え?」
さっきの仗助ぐらいに目を丸くする花子を抱き寄せた。
人通りの多い道だが、僕はごく自然に彼女のピンクの唇を僕のソレでふさいだ。
やっぱり甘い匂いがする。
この唇を離すときっと僕はめちゃくちゃに文句を言われるに違いない。
でも、今はまだ抵抗されてないからこのままでいいよな?
今だけは君の甘い息を呑んでいたい。