それは何色。
□17話
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「で、良かったの?」
アイスコーヒーの氷がことりと揺れた。
氷が写すのは麗しい黒髪の美少女の澄ましたお顔で、私はその美しさにドキリとしてしまう。
彼女、山岸由花子は私の知る限り欠点のない女性だ。
容姿端麗、文武両道。
彼氏思いの素敵な女性である。
そんな彼女と何故この喫茶店にいるのかというと、体育祭の代休である今日、由花子とショッピングの約束をしていたからであり、あまりの夏の熱気に冷たい飲み物が欲しくなって、この人の少ないカフェに足を運んだわけだ。
静かなカフェはモダンな雰囲気で、岸辺先生がたまに原稿のチェックのためにくるらしい。
窓際のこの席は日射しを植物で上手く遮りながらも景色が綺麗だった。
由花子と静かなカフェだなんてと舞い上がる私は穴場を聞いていて良かったとにやにやしてしまっていたのだが、由花子の言葉で頭に疑問符を浮かべた。
良かったの、とは。
「わかってないようだから言うわ。アナタ、東方仗助を怒らせてるわよ。」
「仗助君を?」
由花子の言葉で私はもっと首をかしげた。
私の一応、彼氏である東方仗助は普段は温厚で友だち思いのいいやつである。
特に彼は私には甘い自覚があったのだが、怒らせるとはなにかしただろうか。
思い当たることはあるにはある。
不出来なサンドイッチや体育祭で倒れたことは記憶に新しい。
「寝不足の理由…、岸辺露伴って言ったでしょう?」
首をかしげる私を見かねたのか由花子はため息を一つついた。
「そう言えば言ったわね。」
サンドイッチを作り直すために朝まで起きてたなんて恥ずかしいことこの上ないわけで、ついたその場しのぎの嘘なのだが、確かに私は先日仗助君にそんな嘘をついた。
「康一君から聞いたのよ。彼、夜中までアナタと岸辺露伴がなにしてるんだって気が気じゃないそうよ。」
「…なるほど。」
そんなことを心配されるとは余計なお世話なのだが、知り合いとはいえ男と同居してる彼女を気にかける彼氏としては当たり前なのかもしれない。
「仗助君にはそのうち弁解しておくわ。」
そう言ってアイスコーヒーを一口飲むと氷はさきほどよりカランカランと音をたてた。
「そもそも岸辺露伴と住むのやめたら?」
「家を借りるお金がないわよ。」
ガールズトークというには重たい話題を交わしていると、店の扉がキイイィと開いた。
店の扉が由花子越しに見える。
店に入ってきたのは二人組の男女で、片方は見知った顔であった。
向こうも私に気がついたようでにこりと爽やかに笑う。
「やぁ田中さん。」
「こんなところで奇遇ですね、新衣先生。」
私はにこりともせずに返した。
由花子は新衣先生の顔と私の顔を一度見比べて、目を伏せドリンクを一口飲んだ。
新衣先生の連れは若い女で、彼女に気を遣ったのか、私たちはそれ以上会話することなく、新衣先生と女は私たちから少し離れた席に座った。
由花子は無言で鞄からスケジュール帳とペンを取り出し、余ったページに黙々と字を綴る。
『新衣先生って誰?』
私も鞄からペンを取りだした。
『保健室の先生よ。』
『名前読んで挨拶なんて仲いいのね。』
『そうなのかしら。』
由花子はパタリとスケジュール帳を閉じた。
私の後ろから新衣先生と女がやってきたのだ。
「君は…山岸さんだっけ?」
新衣先生は由花子ににっこりと笑う。
対して由花子は無表情でそうです、と頷いただけだった。
「僕たちは先に出るから一応声をかけようと思って。」
こういうとき、よく生徒に奢れって言われるけど奢らないからなー、と冗談っぽく新衣先生は笑っていた。
「デートなのにえらく出るの早いんですね、新衣先生。」
私の言葉に新衣先生は表情を崩さずに彼女は恋人じゃないぞー、と手をヒラヒラ振って店から出た。
「笑顔が絶えない人ね。」
しばらくしてから由花子がそう言った。
「胸焼けしそうでしょう?」
私はそう返して、アイスコーヒーを完全に飲みきった。
「そろそろ出ましょう、由花子…」
私はふと視線をあげて驚いた。
由花子がいないのだ。
人が動いた気配はなかったし、なにより由花子はお会計を人任せに出ていく性格なんかじゃない。
ふと、窓の外を見ようと窓に顔を向けると、明らかな違和感に気づいた。
窓が水面のように揺らめき、そのガラスから髪の毛が出て、窓枠に絡み付いている。
その髪の毛は間違えることはない、由花子の艶々キューティクルだ。
「由花子!!!?」
私はガラスに手を突っ込む。
手を突き返すはずのそれは虚空のように私の腕を呑み込んだ。
手が何かを掴む。
ひっぱりだすと由花子であろう女性の腕だった。
スタンドだ。
スタンド攻撃を受けている。
そう思った瞬間に私の体もガラスの中に引っ張りこまれた。
私のスタンドは本体がわからないと発動できない。
抵抗むなしく、私と由花子はガラスの中に連れ込まれてしまった。
完全に呑み込まれたとき、目をきゅっとつむった。
どうしてか頭の中には仗助君の顔が浮かぶのだった。