それは何色。

□16話
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炎天下のグラウンドは人だかりでより暑く、体育祭も熱く、蜃気楼で遠くの人影がゆらゆらと揺れていた。






「花子さん、こっちこっち!」



康一君の声は聞こえるのだが、いかんせんあの身長がこの人ごみで見つかるわけがなかった。




もうすぐ仗助君の応援団のため、康一君、由花子、億泰と一緒に見る約束をしていたのだが、まったく見つからない。





「何やってんだよ君は。」



後ろから肩をがっちりと掴まれた。



驚いて後ろを振り返るとそこにはこの場には似つかわしくないスケッチブックを持った長身の男が立っていた。





「あら、岸辺先生。」



「康一君たちはこっちだマヌケ。」




岸辺先生に連れられ、人ごみから少し離れると康一君、由花子、億泰はすでに待っていた。





「お待たせしたわね。」



「花子、人ごみに果敢に入ってくからビックリしちまったぜェ〜?」




そこまで見てたのならもっと奥に進む前に止めてほしいところなのだが。



私はそれよりも気になることがあり、岸辺先生を見つめる。





「何故僕がここにいるって顔だな。」




「どれだけ高望みしてもさすがに岸辺先生は学生に若返れないと思うわよ。」




「そんなワケがないだろう黙れ。取材だ。」





ピンクダークの少年にどう体育祭を取り入れるというのだ。



岸辺先生の家に住み始めてから今まで読んだことのなかったマンガを読み始めた。



こんな性格の悪い男がつくってるのか疑うぐらいにはピンクダークの少年は面白いと思っている。





「そろそろ始まるわよ。」



由花子がそう言った瞬間に入場門から応援団が入ってきた。



仗助君は群を抜いて体が大きいので一目でどこにいるのかわかった。






所定の位置について待機していた応援団は太鼓の音に合わせ、大声で掛け声をかけ、動き出す。






「かっこいいなぁ。」



康一君はそう言って目を輝かせた。




応援団は学ランにたすき、ハチマキを巻いている。


仗助君はいつもの改造制服ではなく、真っ黒のぴっちりとした学ランだった。





「仗助君、一人だけリーゼントだからやたら目立つわね。」




「そもそも仗助の奴、でかいしそれでも目立つ。」





私と億泰はそう言いながら、周りを見渡す。



黄色い声援を送る女の子たちがたくさんいて、これではどっちが応援されてるのかわからない。





応援合戦も中盤に来たころだった。



「仗助のやつ、顔色悪くないか?」



スケッチしていた岸辺先生がどうでもよさげにつぶやいた。



思い当たる節はある。




「サンドイッチ食べたからかも。」



私がそう言うと、由花子と岸辺先生はああ、と納得したような顔で私を見つめた。




「おなか壊すようなものは入ってないでしょうから大丈夫よ。」



「花子、アナタって本当にドライね。」





それよりも私は先ほどからくらくらしてそれどころではなかった。



日光に当たりすぎたのか、しかし先ほどまで木陰でご飯を食べていたのだ。





応援団の最後の見せ場だ。



全員が身を寄せて陣形を変えているが、仗助君だけが別の方向に向かう。



陣形がまとまった。


仗助君はどこからか大漁旗を抱え、その陣形の後ろで旗を振る。


まとまった団員はまた応援の動きを始める。




最後の見せ場は仗助君が旗を放り、キャッチしたところで終わった。



もちろんグラウンド一面に拍手喝采、黄色い声。






「完全に仗助君目当ての演出よね。」



「なんでアイツあんなにモテるんだろーなァ…。」




億泰は羨ましそうに仗助君を眺めていた。


頭がくらくらするのがずっと止まらないが、次は由花子のチアのはずだ。





「花子、顔色悪いわよ?」



由花子が私の顔をそっと撫でた。



暑いグラウンドでは由花子の手がひんやりとしていてとてもきもちいい。




意識がゆらゆらとして、私はすっと目を閉じた。



平衡感覚がない。





遠くの方から億泰や由花子が私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
































目を開けると白い天井がはっきりと見えた。



白いベッドに横になっていた私はゆっくりと上体を起こす。


消毒液の匂い、涼しげな風、ここは保健室のようだ。






「起きたかな?」




柔らかな声が聞こえた。


白衣を着た男性がにっこりと笑う。



この学校の保健室に来るのは初めてだった。


どうやらこの男が保険医らしい。





「体育祭は…?」



「そろそろ最後のリレーじゃないのかな?」




保険医は若い優男といった風貌で、名札には可愛いイラストが一緒に『あたらい』と書かれていた。





「睡眠不足と軽い熱射病だったよ。」



「先生、名前、漢字でどう書くの?」





彼は目を丸くして、ふっと微笑んだ。





「新しいの『新』に、衣類の『衣』で新衣。」



「そうなのね。」




私はグラウンドを眺めた。



リレーが始まったようで、パンッと小気味いい音が聞こえた。




「リレーは見に行かないのかい?」



「ここからでも見えるわ。涼しいし。」



「そうやってたまり場にならないように君の友人は追い出したんだけどな…。」




きっと仗助君や億泰のことだろう。



心配かけたかしら。




「ほら、リレーで今走ってる子、あの子、すごくってねー。」




新衣先生は私の横に並んで窓の外を指さす。


億泰だ。




「君を担いでここまで連れてきてね、花子が死んだら許さねーぞって。」




なんと大げさな。


新衣先生に馬鹿な友人を少し恥じた。




「あとね、応援団の子もすごい剣幕でここまで走ってきてね、花子は大丈夫なのかって、死なないのかって。」




仗助君と億泰は私のことをよっぽど早く死ぬと思い込んでいるのか、どうして生きるか死ぬかの尺度なんだ。






「花子ちゃんって大切にされてるんだね。」



「どさくさに紛れて名前呼びやめてください。」



「手厳しいなー。」




新衣先生はにこにこしている。


この新衣という男、にこにこしているがどうしても腹の奥が見えない。



まぁ、興味もないが。





「お、リレー、君の友人が勝ったじゃないか。」



「そうですね。」




億泰はガッツポーズをして雄たけびをあげている。





新衣先生は億泰を見ながら話しだした。




「例えばさ、あそこにいる君の友人にさ、隕石とか落ちて死んじゃったらどうする?」



「死んでるなーって思うだけですね。」



「へぇー。」





億泰と目が合った。



億泰はリレーで走ったばかりとは思えぬスピードでこっちにかけてきた。




「花子!起きたのかよォ〜!!言えよ!!!リレー勝ったぜ!!!!」



「一つずつ分けて言ってちょうだい。」




億泰は保健室のグラウンド側の扉を開けて、私の手を引いてグラウンドに駆けだした。




新衣先生は苦笑いしながら、手を振っていた。








グラウンドに出ると、リレーの勝利の余韻でみんな盛り上がっていた。




「花子!?」


仗助君は私を見るや否や私の顔を掴んで「生きてるか?無事か!?」と問いかけてくる。顔が痛い。




「無事よ。寝不足らしいわ。」



「心配させやがってよォ〜…!」



「顔痛いから離してくれる?」





仗助君はさみしそうに手をのけた。





「そういやよ、寝不足ってなんだよ。お前、そういうのしっかりしてそうなのによ。」



「昨日は…まぁ…」




口を濁す私は昨日の夜のことを思い出していた。



昨日は、というか今日の朝の五時まで私は絶賛サンドイッチを作っていたわけで、これを言うと彼は絶対に調子に乗るのが目に見えている。





「…岸部先生のお手伝いよ。」




苦し紛れの嘘は仗助君をふぅんと唸らせただけで、深くは追及されなかった。





今までの私ならサンドイッチを作ることはきっとなかっただろう。


何かが変わり始めている予感がするんだ。

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