それは何色。
□10話
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私と東方青年は帰り道別れる地点に立っていた。
「いつもここでオレたち別れてさ、花子はこっちに歩いていくんだよな。」
「そう…そこまでは思い出せるのだけれど…。」
相変わらず私の気分は悪かった。
もやもやしたものが胃から溢れ出そうだ。
「花子ってさ…バイトしてるじゃん?」
「してるわね。」
「なんのバイト?バイト先の人なら家わかるんじゃねーの?」
「バイト先には住所を伝えていないわ。」
バイト先が何であるのかは伝えなかった。
否、伝えれなかった。
なんのためにバイトをして、なんのバイトをしているのかも全くわからなかったのだ。
私の記憶はどうなってしまったんだろうか…。
「ちょっと待ってな。」
東方青年は近くにある公衆電話の受話器をとって、どこかに電話する。
「もしもし、康一か?」
康一とは由花子の恋人であるあの康一君のことだろう。
彼は今学校にいるのではないだろうかと私は疑問に思った。
「やっぱりあの野郎一枚噛んでやがったな…。」
彼は怖い顔をしてメモをとる。
しばらく電話で話した後、受話器を置いた東方青年はこちらに来てにっこり笑った。
「オレ、出来る彼氏だからさ、花子の家の住所わかっちまった。」
メモにはひとつの住所が書かれていた。
「どうやって調べたのよ…。」
正直驚いた。
同時にストーカーされたら最悪の情報収集力だなと思ったことは彼には言わないでおこう。
東方青年は億泰にメモでいくつかの指示をしたようで、その中の一つは学校に保管されている生徒の住所録から花子の住所を盗み見るということだったらしい。
「それ、見つかったら億泰は怒られるなんてものじゃ済まないわよ…。」
「アイツは住所録を手に取るトコまではぜってー見つかんねーよ。」
どう戻したかはオレにもわかんねーけどさ、とあっさり言ってのけた東方青年の行動力には驚くばかりだ。
このときの私は知る由もなかったことなのだが、億泰は空間を削り取るスタンドを駆使して住所録を職員室から移動させ、職員室外の窓に落としたらしい。
代償としては関係ないものまで移動してしまうこととなり、結局億泰は先生にバレて退学寸前まで追い込まれることとなるのだが、それはまた別の話で語ろう。
「康一のおかげで記憶なくした理由もハッキリしたんだけど、戻るのはチョット時間かかりそうだからよ、とりあえず家行こうぜ。」
「仗助君、アナタ、ちゃっかり私の家の場所把握する気でしょう。」
「バレた?」
私のためにいろんな人が動いてくれる。
いつもならなんともない、ただの事実なのだが、どうしてだろう、今はすごくありがたくて、胸が熱くなった。
「仗助君。」
「あー…わかってるって、家まで来てほしくないのもオレちゃんと知ってるし…」
「一緒に来てほしい。」
「……え?」
私の言葉に本当に驚いたようで東方青年は目をまんまるにして、まるでビデオの一時停止のように動きを止めた。
「…いいの?」
「…仮にもお付き合いしてる身だし…、無駄に場所を噂とかで広めないなら…。」
自分の口から出た言葉にふと疑問を感じる。
お付き合いは確かにしてるが、彼をそんなに私は信用してるのか。
それは違うのだ。
なんで彼と家に行こうとしてるのか、自分でもわからなかった。
「とりあえず行こーぜ。」
東方青年への何かが私の中で変わりつつあるのかもしれない。
「ここ、本当に花子の家…?」
着いた場所は家というより廃屋と言った方がしっくりくる場所だった。
「そんなこと聞かれても私もわからないわ。」
自分の家だというその場所に来ても私の記憶は真っ白だった。
「確か親父さんしか家族がいなくて、それも離れて住んでるんだよな?」
「私、そんなこと言ったのかしら…。」
そんなこと言った記憶はなかったが、もしかしたらそれも忘れているだけなのかもしれない。
「私、養子なのよ…。」
中学校では結構有名な話だったのだけれど、と私が話すと東方青年は目を丸くした。
どうやらこれは一度も言ったことがないようだ。
「今、私を引き取ってくれてる人はたまに私に会いに来るんだけど…。」
そこまで言って、私は急にとんでもない頭痛に襲われた。
「花子!?」
しゃがみこんで頭を抑える私を東方青年は心配そうに見つめる。
その引き取ってくれた人はどんな人で、どんなときに私に会いに来るのだったか…。
「花子!!いるのか!!?」
突然廃屋の扉が開いて、そこから中年の男が顔を出した。
扉が開いたことで部屋の中が見てとれるのだが、私も東方青年も絶句した。
床一面に酒瓶、ゴミ、ガラスが散らばり、足の踏み場もないほどだった。
そして、その部屋から、出てきた男から酒の臭いが鼻につく。
中年の男をよく見ると腕には注射針の跡がいくつも見られ、その様子は半狂乱という言葉がぴったりなほど正常ではなかった。
「今日は花子をたっぷりかわいがる日だからな〜〜。」
東方青年は認識できてないのか、男は酒瓶を片手に私の方に唾をまき散らして、にへらにへらと寄ってきた。
「だ、誰…。」
怖くて震えることはなかった。
私はきっとこの男を知っているのだ。
今は思い出せないだけで。
「誰ってよォ〜、お前の父親だろうが!!」
男は急に逆上して瓶を私の足元に投げつけ、叩き割った。
私はそれに驚くことも何もなく、ただ冷静に、これが私の育ての父親なのかと見つめる。
中途半端な記憶喪失はどうやら生みの両親を覚えていても、育ての父親の顔を覚えさせてはくれなかったようだ。
「学校なんか行って意味あんのかァ!!?お前みたいな売女によォ!!!!?」
隣の東方青年は俯いてどんな顔をしているのかわからなかった。
記憶はないが、私は自分の身分を一瞬で察してしまった。
多分私はこの男に引き取られて、それを逆手にとられ、奴隷のような身分なのだろう。
東方青年を家に寄せない理由もこの惨状を知られたくなかったからなのかもしれない。
「仗助君。私、思ったよりアナタに不釣り合いな女だったみたいね。ごめんなさい。家はわかったし、これで大丈夫。今までありがとう。」
こんな私を知ってしまったからには彼はもう私と付き合いたいなどと思わないだろう。
それにそもそも私は彼に引かれているわけでもない。
完全に後腐れのない私からの別れの言葉だった。
しかし、
「花子、走るぞ。」
「え?」
東方青年は私の手を掴んで一目散に駆けだした。
後ろから育ての父であるという男の声が聞こえるが、追ってくる様子はない。
私の手を引いて走る東方青年の後ろ姿を見ていると昔読んだ絵本を思い出した。
なんだっけ…孤独な女の子を王子が塔から連れ出して守ってくれるお話……。
私の中途半端な記憶喪失は生みの母の絵本を読む声音は覚えていたようで、それを思い出しているとなぜか東方青年の背中がにじんだ。