それは何色。

□6話
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僕、岸部露伴は現在カフェ・ドゥ・マゴにいた。


ふと昨夜のことを思い出す。

昨夜はなかなか印象深い夜だったと思う。


ここ最近女子高生の違法アルバイトの噂がこの町には出回っている。

一流の漫画家としてはこれを取材しないなんて惜しいことはできない。

先日から調査しまわってやっとの思いで取材まで漕ぎつけたのは一人の女子高生がストリップしているというバーだった。


そこで出会った少女は驚いたことに僕の親友である康一君と同じ学校に通う子だった。

学校名は聞かなかったが、あのプッツン由花子と同じ制服だったのだから間違いない。

どうやら僕はあの学校の生徒と縁があるらしい。

まぁ、康一君はともかくクソッタレ仗助との縁なんか今すぐ断ち切りたいものなのだが。



テーブルの上のコーヒーから湯気が消えた頃にふと顔をあげるとカフェの入り口にあのクソッタレ仗助が見えた。

嘘だろ、僕の優雅な休日を乱すんじゃない。


よく入り口に目を凝らして僕は驚いた。

仗助の隣にいるのは昨日取材した女子高生じゃないか。


アイツらどういう関係だ…?


「興味が出てきたな…。」


僕は伝票を手に取り、レジに向かう。

仗助とその女子高生にはばれないように。

































「しっかし、あっちいよなァ〜。」


アイスコーヒーを半分近く一気に飲んだ東方青年は学ランの胸元をパタパタとした。


いかにも夏、という感じの日差しは容赦なく学校帰りの私たちに降りかかる。



「花子って汗かかねーの?」


「かくわよ。人間だもの。」



その割に涼しそうな顔してるよなー、なんて彼はまたコーヒーを一口飲んだ。

涼しそうに見えるだけで全く涼しくない。

学校の制服ていうのは全く持って優れない機能性だと私は思う。



「そろそろ夏休みだよなァー。」


「そうね。」


最近思うのだが、相づちしか返さない私との会話を彼は楽しいと思っているのだろうか。


私から会話をふったこと、話を膨らましたことは数えるほどしかない。

彼もそれをわかっているようで私が会話に疑問を返したり、私が話しかけたときは目に見えて喜ぶ。



「花子は夏休み、何か予定あったりすんの?」


「アルバイト…がたまにかしら。」


「普段から思ってるんだけどさァ、花子ってなんのアルバイトしてんの?」


「トップシークレットよ。」



東方青年はそう言われると思ってた、とわざとらしいため息をついた。



「康一たちと海行こうって言ってるんだけどよォ、よかったら花子もこねーか?」


「いつ?」


「夏休み初日から三日間。」


「泊まりなの?」


「由花子ン家の別荘に泊まるんだよ。」


「由花子が来るなら行くわ。」


「由花子目当てかよ…。」



私は紅茶を飲み干す。

東方青年のアイスコーヒーはとっくの昔に空いていた。


「そろそろお開きにしましょう。」




今日はアルバイトはない。

しかし、なんだか早く帰りたかった。


理由はなんとなくわかっている。


昨日の取材とやらのせいだ。


私は昨日の漫画家を思い出した。

舐めまわすような視線やその皮肉った笑みが胸やけに似た感覚を呼び起こした。

出来ればもう二度と会いたくない。


ふと意識を東方青年に向けるとお会計を済ましたところだった。


財布を出していくらか聞きに行くが、どうせいつも通りお金はいいと言われるのだろうと思い、ため息をついた。
































『なんでこの仕事をしてるのか教えてくれないか?』


東方青年を別れてからも昨日の取材とやらは頭を離れなかった。



『それ、知って何になるんです?』


『リアリティ、だな。』


よく見ると顔の整った漫画家だったが、質問の内容は失礼なものも多く、心の底から勝手に取材を許可したマスターを恨んだ。



「やぁ。」


後ろからポンと左肩に手が置かれた。

その声は昨日聞いたばかりの、ほぼ初対面の男の声だ。

なのにこんなに悪寒がするのはなんでだろう。


振り向いてはいけない。


とっさにそう思った。

体はその意志と反して後ろを向いた。



「岸部さん…でしたっけ?」


「覚えてもらって光栄だな。」



全然光栄そうじゃないわよ。

その思いは言葉になる前に飲み込んだ。


早く逃げないと。
逃げるって何から?この男から?
それとも…。


「君とお話したくてどこかで会えないかと思っていたよ。」


「またリアリティとやらですか?」



態度こそ平静を装うが、心はざわついたままだった。



「そうだ。君を僕のリアリティにしてみたい。」


新手の口説き文句か。

人は究極に焦ると笑いの沸点が低くなるらしい。
自分の考えに軽く笑ってしまった。


人通りの少ない道には私と岸部しかいない。



「悪く思わないでくれ。……ヘブンズ・ドアー。」


彼の言葉を最後まで聞けたか聞けなかったか自分でもわからない。

意識が急速に白んでいく。


ヘブンズ・ドアーって何よ。


私はそれでも見えた。


コイツの背後に白い小さな少年。

スタンドだ。




ふと頭に人懐っこいいつもの笑顔の東方青年が浮かぶ。


彼は私がここでもし死んだりしたら泣いてくれるだろうか。

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