それは何色。
□5話
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「田中さん、ごめんなさい…。」
申し訳なさそうに俯くクラスメイトは瞳いっぱいに涙を溜めていた。
そんな姿を見ると怒るにも怒れない。
まぁ、怒るつもりもないのだが。
いつもはハーフアップにしていた私の髪の毛は、今、アップされていないそのままの状態であった。
私の髪をいつも結い上げていたその髪留めは無残に壊れてしまっていた。
体育の授業のバスケットボールの最中にボールが当たって壊れてしまったのだった。
「そもそも体育でこんな壊れやすいもの付けてた私にも非はあるのだから大丈夫よ。」
顔を上げて、と言うとその女の子は明らかにほっとした顔で頷いた。
髪留めを拾い、ポケットに入れたところでチャイムが鳴った。
「アレ?花子、髪の毛降ろしてんのかァ〜?」
委員会のときに見覚えのなかった億泰はクラスでは席の近い人間だったようで、あの翌日に彼は授業中私の斜め後ろに着席していることが判明した。
後ろという立ち位置から私の髪形の変化はよほどわかりやすかったようだ。
億泰は着席とどっちが速かったのかという速さで私に問いかけてきた。
「髪留めが壊れたのよ。」
すでに着席していた私の机には壊れた髪留めがちょこんと乗っていた。
金属の部分のかみ合わせができないし、完全にへしゃげていてどうにも使い物になりそうにない。
「仗助に直してもらえばどうだァ〜?」
「仗助君、そんなに手先器用なの?」
「アッ…、イヤ…なんつーか…」
急に言葉を濁した億泰が妙に気になる。
まぁ、なんでもいいか。
私はそう、と短く返事をして机に突っ伏して眠った。
億泰の声が後ろから聞こえたがどうにも眠かったのだ。
「おはよう、お姫様。もう放課後だぜ。」
ふざけた言葉で起こされた私は自分で見ずにも不機嫌な顔をしていることがよく分かった。
体育は昼休みのすぐあとだったため、一時間ぐっすり寝れば放課後だった。
「ごめんって。」
仗助君は笑って私の髪を撫でた。
そして髪の毛を一筋手に取る。
「艶々してるよなー。花子の髪の毛。」
「仗助君の髪の毛も艶々してるわよ。」
「それ、セットでだろ?」
整髪料で艶がある東方青年の髪だが、その質感を見る限り整髪料がなくともそれなりにしっかりした艶のある髪なのでは、なんて私は思う。
「いつもの髪留めは?あの花の彫刻みたいなのついてるやつ。」
「そういう言い表し方だとえらく仰々しい髪飾りをしてるみたいに聞こえるわね。」
私はカバンから髪留めを取り出した。
何度見ても無残だなと思う。
「あっちゃー…これはなかなかだな。」
「どうせ億泰から壊れたって聞いてるでしょう。」
「あ、バレた?」
億泰に直してやれって言われちまってよー、と彼は苦笑いしている。
「これ、どう考えても修理不可能よ。」
「オレ、魔法使えるから大丈夫。」
「はぁ?」
東方青年は髪留めにちょこんと触れた。
すると髪留めはスルスルと形を変え、元の見慣れた姿に戻る。
「ホラよ。」
東方青年はいつもの人懐っこい笑顔で笑って、その髪留めで私の髪をいつも通りのハーフアップにした。
見えた。
東方青年は隠しているつもり、というか見えていない前提なのかもしれないが、私には見えた。
彼が髪留めを戻す直前、彼の肉体から幽体離脱のように手が一本出て、髪留めに触れていた。
その手も、彼自身の手ではなく、なにか別の生き物の手のように感じた。
私は知っている。
スタンドというそれを。
実際に目にしたのはこれが二度目だし、スタンドに対して詳しいわけではない。
でも、知ってる。
「花子?」
東方青年の声で一気に現実に引き戻された。
「なに…?」
「いや、帰らねーのかなって。」
そりゃいきなりあんな魔法みたいなの見せられたらびっくりするよな、と彼は私の頭を撫でる。
「あのね…!仗助君、私、実は…あの日、仗助君が爆発事故に巻き込まれた日に…」
ふと彼と目が合った。
「…やっぱりなんでもない。」
私が俯くと東方青年は気になると渋りながらも私に問い詰めるようなことはせず、カバンを持ち上げた。
「帰ろ―ぜ?」
「ここ最近出勤遅くねェかァ?」
「私用があったので。」
今日はアルバイトの日だった。
マスターは粗暴ながらも実はいい人である。
まぁ非合法なことをやってるのには変わりないのだけども。
いつもの席にカバンを置こうとしたが、そこには人影があった。
薄暗いのでよく見えないのだが、長身の男性だろうか?
「言い忘れてたけどよォ、テメェに客。」
マスターは人影を指さす。
「警察突き出したりしねェから取材させてくれってよォ。」
「取材って…勝手にそんなこと許可しないでくださいません?」
マスコミではないようで、その男性はビデオカメラを持ち歩いていないように見える。
「漫画家さんだとよ。」
私の思ったことがわかったのかマスターはぶっきらぼうにそう言った。
男性のシルエットが立ち上がり、こちらに向かってくる。
「岸部露伴だ。」
にこりともせずに、そう言って彼は私に握手を求めるのだった。