一個旅団兵士長と月の輪
□皓月(こうげつ)3
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アイシャの瞳に涙が潤む。
下を向くと、キラリと光を含んだ滴が意図も容易く頬を伝う。
リヴァイは席をたちアイシャのそばに寄った。
アイシャの頭をポンポンと撫でる。
リヴァイ「気に触ったか?」
彼女のカップを持つ手が震えている。
アイシャ「いいえ。嬉しかったんです。私のことを、特別じゃない、一兵士として、人として見てくれたことが………。」
その言葉にリヴァイの胸の奥がチクッと傷む。
壁外に出れば明日なくなるかも知れぬ生命。兵士長という立場。
自分が今求めているそれは、こいつが求めるそれとは違う。
昨夜の記憶が甦る。
アイシャと出会った時に感じた、危険シグナル。
頭の中が否応なしにアイシャに浸食されていく。
理性で止めようとすればするほど、その深みに嵌まっていく。
こいつは、毒だ―――――――。危ねぇ。
俺は、こいつの周りにいる糞野郎どもと同じなのか?
周りの糞野郎どもも、此れと同じ感覚を味わったのか?
既に彼女が自分にとって『特別』になっている矛盾に葛藤する。
頭のなかを旋回する思考が、後戻り出来ない渦に急激に沈めて行く。
こいつの毒牙に侵されていく。
意識的な拒絶とは裏腹に、リヴァイの指先はアイシャの涙を拭っていた。
驚いた表情で、リヴァイを見つめる…………。
アイシャの緊張が最高潮に達する。自覚できるほど小刻みに震える。
リヴァイ「俺が、恐いか??」
問いかけに、震える体が止まらない。自分の身体じゃ無いみたい。
リヴァイの至近距離に耐えれず、ガタッと音をだし、席を立ち後ずさる。
アイシャ「違っ、違うんです。私は――――――!!し、失礼しました!!」
そういい残すと、逃げるように部屋を出てった。
空気の洗われた塵ひとつ無いリヴァイの部屋がシンと静まり返る。
リヴァイは、窓側の机に移動すると、頭をかかえ、フッと、ため息を漏らした。
俺は、なにやってやがる………
一人が当たり前の自室で感じる虚無感。
そのまま、書類の積まれたほうに目線をやると、積み重なる上に白く洗われたハンカチ。
葛藤と悲哀に似た感情を引きずりながら、筆を執り残された書類に身を投じた。
アイシャは震えが止まらず、ひたすら痛みを忘れ走った。
恐かった。この感情が紛れもなくリヴァイに対してのものだと悟ったからだ。
まさか、恋に堕ちるなんて。しかも、相手が人類最強と呼ばれる男だなんて。
スレ違う儘、二人の運命の輪が音をたてて廻り始めた。