外科医長編

□激情の行く末
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ロー視点



 肌を裂くような覇王色の覇気が通り抜けていく。

 あまりの威力に吹き飛んだスモーカーがローから離れた。

 すたっ、と横に降り立ったリアはローを見ることなくスモーカーを睨みつけている。

 バタバタとはためく彼女の袖を見ながら、ローは肩を治すべくルームを広げた。

 と。

「…ロー、ごめん。約束破った。」

 肌がざわめくほど低い声が聞こえ、ローは顔を上げる。

「…いや、助かった。」

 そして次の瞬間、動かなくなっている部下達を一瞥し、スモーカーが動いた。

「こりゃあ、相当ご立腹なようだな、水炎の悪夢…いや、水蜜の舞姫さんよぉ。」

 依然として肌にバチバチと覇王色の覇気をまとい、足首から下は武装色特有の黒鉛のような固い肌をしている。

「今度はその男に惚れでもしたか?」

 煙草をくわえたままニヤリと笑ったスモーカーに、リアが鼻で笑う。

「もうベタ惚れ。だからここは引きなよ、本気出せばあんたなんてここで殺せるんだから。」

 睨みあう二人の間に火花が散る。

 と。

「ゼハハハハ!火拳の次は外科医か!お前もよくやるなぁ?」

 今までどこに身を隠していたか、ティーチが現れる。

「馬鹿やろう…っ!!」

 歯ぎしりしてティーチを睨むが、気にした風もなく、ティーチは続ける。

「なら、ここで外科医を打ち取りゃ、お前は今度こそ死ぬのか?」

 リアは何も言わない。

 沈黙、否、そうではない。

 これは、嵐の前の静けさ、だ。

 そして、ローのその一瞬の判断は真実となった。

「…黒ひげぇぇぇぇええ!!!」

 見たこともないほど恨みに駆られたリアが覇気を撒き散らす。

 これほど大量に使ってなぜ倒れないのかが不思議でならない。

 やっと肩の治療が終わってローは立ち上がる。

「リア、俺は大丈夫だ。戻るぞ。」

 そう言ってリアの肩に触れようとした途端、静電気のように覇気がはじけて思わず手を引く。

「…ロー。」

 低く唸るような声が聞こえ、ローはなんだ、と答える。

 リアの目が一瞬すっと細められ、そして次の瞬間いつものようにへらりと笑った。

「………!!」

 唖然として見つめるも、彼女は少しも気にした風などなく、さらりと告げる。

「先戻っててよ。」

「…なんだと?」

 驚いて聞き返すと、リアはティーチに向き直る。

「…あいつを殺して…すぐ戻るから。」

「馬鹿やろう!お前も戻れ!ここは海上だ!グラグラの実を出されたらただじゃ済まねぇ!」

「かまわないっ!!!」

 間髪入れずに叫ばれた言葉に、ローは息をのんだ。

「あいつだけは…あいつだけは…必ず殺してやる…!!!!」

 ローはリアの腕を引き、ティーチから注意を逸らす。

「火拳屋への思いは捨てたと言ったろーが!!聞き分けろ!船長命令だ!!」

「うるさい!気持ちは捨てた!けど恨みは捨ててない!!それに!!」

 リアがギッとティーチを睨み、怒鳴るように告げる。

「あいつは…!!パパの仇だ!!!!」

 途端にまた覇気が出て、一瞬意識が遠のく。

 さすがに抱きしめたままモロに食らうと意識が朦朧とする。

 が、次の瞬間、リアは腕の中から消えていた。

 見れば、影になったティーチと激しい攻防戦を繰り広げている。

「闇穴道!!」

 一気にまわりのものを吸い込むティーチの額に、リアの水鉄砲が放たれる。

「水弾(ウォーターガン)!!!」

 間一髪でそれをよけると、ティーチが今度は吸い込んだ物体を放った。

「解放!!!」

「津波(ビッグウェイブズ)!!!」

 リアが足をガッと広げて腕を持ち上げるような動作をすると、ごぽっと音がして大量の海水が持ち上がった。

 そして。

 ドォォォォォオン!!!

 それはティーチに向かって放たれ、ティーチは力をなくしたように座り込む。

 怒りに狂ったようなリアが、刀を抜いてとどめを刺そうとした、その瞬間だった。

「……っ!?」

 船が大きく揺れ、リアの体制が崩れ…ず、彼女は下半身を水にしてティーチに襲いかかる。

 が、水は低い方へと流れるものだ。

 一気に距離をとらされ、リアが悔しそうに歯噛みする。

「このまま死ねぇ!!しつこい悪夢もここまでだ!」

 ティーチの叫び声とともに、船が真っ二つに割れる。

 さすがにマズい。
 
 ローは右腕を上げる。

 と。

「っ!?」

 指の間すれすれを通ってリアの水弾が打ち放たれる。

「リア!てめぇ何のつもりだ!?」

 かっとして怒鳴ると、リアがローを睨む。

「邪魔しないで!ここでケリをつける!!!」

「正気か!?死ぬぞ!?」

 怒鳴り返すと、リアがティーチに向き直り、覇気とともに叫んだ。

「ティーチを殺して死ねんなら本望!!!!」

 本望?

 ローの心に広がったのは、怒りでも悲しみでもなく、絶望だった。

 自分はリアのために命を懸け、生きようともがき、助けようとここにいる。

 なのに、彼女はティーチを殺して死ねるなら本望だと言った。

 だとすれば、自分の存在意義とはなんなのだろう。

 ビキビキと青筋が立ち、ローはゆらりと立ち上がる。

 そして。

「ルーム。」

 キュイン、と広がった空間に、それまで黙ってみていたスモーカーが口を開く。

「なにをするつもりだ、トラファルガー!」

「こいつを連れて帰る!ついでにお前も助けてやるよ!感謝しろ!シャンブルズ!」

 そう言うと、後ろにいるまだ無事な軍艦の死体と、スモーカーを入れ替える。

 そして、自分はティーチと入れ替わった。

「ロー!!邪魔しないでって言ったでしょ!?」

「黙れ…!」

 自分のものとは思えないほど低い声が出て、自分でも驚く。

 が、それは止まることを知らなかった。

「帰る。シャンブルズ!」

 一言告げるとリアの腕を引き、船の酒樽と交換する。

 ルームを閉じ、呆気に取られているクルーたちを無視し、まだいきり立っているリアを、海楼石の手錠とともに部屋に閉じ込めた。

「…頭冷やせ、バカやろう。」

「………。」

 何も言わないリアを一瞥し、ローは扉を閉じた。
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