外科医長編

□彼女の本音
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ロー視点



 部屋にはほんのページをめくる音だけが響いている。

 船員が寝静まるこの時間、それがローの安息の時間だった。

 手にしているのは賞金稼ぎ向けに発行された賞金首リストの本。

 島の古本屋で購入したものだった。

「五億五千万…か。」

 火拳のページには、一人の人間に懸けられているとは思えぬ数字が並んでいる。

 リアは会ったとき、あと一億は欲しいと自分に要求した。

 それは基準が火拳だったからだ。

 率直に考えて、リアの賞金はまた上がるだろう。

 海軍のつけた賞金もとりあえずこんなものか、といった感じがどことなく漂っている。

 四億にすべきか、女だし三億程度で済ますべきか。

 たが、例えば彼女が火拳の敵討ちをするとなれば、早急に手は打たなければならない。

 挨拶代わりに海の藻屑にされた海軍の軍艦30隻と、海軍の超新星のこともある。

 だとすれば、三億七千くらいが妥当かと言うところだろう。

 アーベル・D・リアのページを探し、開いてみる。

『白ひげが唯一自分から娘だと政府に公言している娘だが、出自は不明。火拳の女として、一部ではかなり知られている。悪魔の実の能力者で、能力ははっきりとはしていないがロギア系であることは間違いないと言われている。普段は火拳のサポートを全面的にやっており、特に目立った行動はしないが、実力はガープ中将と五分五分、と言われている。』

 ガープと五分五分…。

 思わずローはため息をついた。

 これは予想以上に強者だ。

『火拳と離れて行動していることはまずないが、狙うとすれば酒場や料亭がよい。火拳と水炎の食い逃げはその手の酒場では割と有名な話らしい。公園などの広場で舞を舞っていることも多く、比較的人の多いところによく目撃情報が出る。王下七武海であるボア・ハンコックや鷹の目ミホークと繋がりが深く、黒ひげティーチとは犬猿の仲。』

 なるほど、あまり変わっていないらしいと言うことはわかった。

 そしてなんであんなに大量のビブルカードを集められたかもなんとなくわかった。

 九蛇姫に鷹の目とは、なかなかものすごいつての持ち主だ。

 想像以上の情報にため息をつきながら、ローはパタン、と本を閉じた。

 こんなに小さい海賊団に収まってしまったのが不思議でたまらない。

 と、キィと音がして隣の部屋のドアが動いたのがわかった。
 
 数秒後、ノックが聞こえてきて、ローは入れ、と答える。

 わかっていたが、やはり入ってきたのはリアで、なんだか複雑そうな顔をしていた。

「こんな夜更けに男の部屋に来るなんて、お前危機感ってものはねェのか?」

 呆れたように言ってみせれば、リアはローを一瞥し、またため息をついた。 

 言うべきか言わないべきか悩むようなその様子にじれて、ローはリアに話しかける。

「……言いたいことがあるならはっきり言え。」

 するとリアはまたため息をつき、ローの座る椅子の背に手をかけた。

「……どうして心臓を自分のと入れ替えたりなんてしたの?」

「……!」

 驚いてローは思わずコーヒーを飲む手を止める。
  
「…起きていたのか。」

「誰かが部屋に入ってくればすぐわかる。…そういう風に育ってるもの。」

 流石は白ひげの育てた女海賊ってところか。

 ローは飲みかけのコーヒーを置くと、リアの方を振り返る。

「…そんなこと、聞いてどうする?」

「……ただ知りたいだけ。なんであんなことしたの?」

 少しの沈黙の後に帰ってきたのは、味気ない理由だった。

 だが、それだけではないことくらい、ローでなくともわかる。
 
 頼りなさげにイスの背をなでるリアの手を掴み、そして指を絡めようとしてやめた。

 ピクリと反応した指先に、期待していいものかと考えながら口を開く。

「俺がお前を守れるたった一つの手段だったからだ。」

 今、リアの心臓は自分の胸の中にある。

 ローの心臓もリアの中にあった。

 つまり、自分が心臓を貫かれない限り、リアは死なない。

 オペオペの実の能力者が簡単に死ぬことはない。
 
 だから、交換した。

「…別に、ローに守ってもらわなくたって…。」

 そんな可愛げのない言葉が返ってくるが、ローは気にしない。

「…確かに俺は火拳に比べれば経験も浅いし、強くもないだろうが…。」

 リアの人差し指の横腹を親指でなでながらローは呟く。

「…俺は絶対に越えてみせる。だから、そばで見てろ。…俺があいつらを越える瞬間を。」

 淡々と伝えれば、リアの手が震えているのを感じる。

「…大丈夫だ、俺は今だってもうすでにお前を守れるくらいの力は持っている。」

 どっ…。

 突然のリア手が放れ、正面から軽い衝撃がくる。

「……っ…!」

 ローの首に手を回し、少し震えている体を抑えるようにギュッと力を込める。

「…………。」

 ローは黙って肩が濡れていくのを感じながら、その背中に腕を回す。

「…なんだ、惚れたか?」

 冗談混じりに問うと、リアの苦しげな笑い声が聞こえた。

「…はは…。」

 そっと頭を撫でてやれば、リアが掠れた声で呟いた。

「…ん、否定はしない。」

「…っ!」

 驚いて頭をなでる手を止めると、リアは甘えるようにローの肩に額を押しつける。

「なんでエースと同じこと言うの?びっくりした。」

「は?」

「『俺はマルコや親父よりは弱ぇかもしんねェけど、いつか絶対越える。だからとりあえず今のところはその瞬間待っとけ。その後は…また考えてやる。』」

 リアの言った言葉が火拳の言った言葉なのだと気づき、ローはため息をつく。

「……おまえが惚れてんのは俺じゃねェだろ…。」

 リアの頭を肩から剥がせば、リアがへらりと笑う。

「……ほんとにそう思う?」

「…どうだかな。」

 曖昧に返しつつ、ローはいつの間にか膝の上に乗っていたリアを下ろして立ち上がる。

 するとがローを見上げ、ふと真剣な顔をする。

「ねぇ、ちょっと頼みがあるんだけど……。」
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