外科医長編

□別れの時
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ロー視点



「……。」

 黙ってリアの心臓を見つめ、ため息をつく。

 言えなかった。

 理由があるわけではないが。

 その事実に気づいたのは、リアの涙を見てしまった瞬間だった。

 腰の数珠に緩い七分丈のズボン、これだけでも勘のいい奴はわかりそうなものだが、それだけじゃない。

『なんせずっと一緒に色々やってたやつが規格外だったから。』

『活動再開したのは、ここ二ヶ月くらいだし。』

『頂上決戦からはずっとおとなしくしてたけど。』

『ローが知らないわけないし。忘れてるならそれでいいよ。』

 蘇る言動の数々、そして先ほどの舞い。

 あれは頂上決戦のときの、リアと……。

「火拳屋……か…。」

 小さな呟きは静寂に吸い込まれる。

 ポートガス・D・エース、通称火拳のエース。

 麦わらのルフィの兄にして、おそらくリアの…元恋人。

 先の頂上決戦で死んだ、海賊王ゴール・D・ロジャーの息子。

「なんでもっとはやく気づかなかった…?」

 ソファに沈んで呟けば、虚しさのようなものがこみあげてくる。

 こんな偶然があるものか。

 運命のいたずらと言うべきか。

 俺はどうすればいい?

 ローは深いため息をついた。

 これはまいった、本当に。

 リアの心臓を手に取れば、規則正しい律動が感じられる。

 ……このまま握りつぶしてしまおうか。

 そうすれば彼女は、この船に…。

 ……いや、だめだ。

 彼女を殺すことはできない。

 手が、動かない。

 夜明けが近づき、空が白み始める。

 ローはため息をついて外に出た。

 廊下を歩き、そっとリアの部屋に入る。

 手に持った心臓は鼓動を続け、もちろん止まったりなんてしない。

 手に入らないならせめて、こいつを守るくらいなら許されるだろうか? 

 …それもエゴか。

 いつもは小生意気なリアのあんな顔を見せられては、ローの氷った心も動かされてしまった。

 自由に生きるのが海賊だ。

 今や海賊の誰もが誇りに思っているポートガス・D・エースの元恋人だったのだ。

 自分ごときにつなぎ止めておけるわけがない。

 本当なら、さっさと心臓を取り返すことだって可能だったはずだ。

 それをしなかったのは、この船を少しでも気に入ってくれたからだと思いたい。

 ローはそっとリアの心臓の場所に持っていた心臓を戻すと、部屋を後にした。
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