外科医長編
□見えない真意
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ロー視点
「キャプテェェェエン!!」
リアを連れてきた(拉致った)翌朝、ベポの大声で目が覚める。
昨日の歓迎会で飲みすぎて微妙に二日酔いだ。
さすがは舞姫、酒を勧めるのがうまかった。
「ベポ、朝からうるさいぞ。」
髪に手を突っ込み、寝起きで最悪の機嫌のままベポを睨む。
いつもなら下を向いてしょぼくれるところなのだが、今回は違った。
「キャプテン早く起きてよ!大変なんだ!リアが!」
その言葉に一気に覚醒する。
まさかあの女、逃げやがったのか!?
そんなバカな。
心臓は…手元にある。
だったら何があったというのか?
慌てていつもの帽子をかぶり、パーカーを着て刀をひっつかむと甲板に出る。
そこにはクルーほぼ全員がいて、リアものんきに手すりに座っていた。
なんとなく安堵を感じながら、クルーたちに近寄る。
「何事だ。」
「あ!キャプテン!」
シャチが叫んで何やら新聞と紙切れを差し出してくる。
「新聞…?」
受け取って開かれたページを見てみれば、大きな見出し。
「アーベル・D・リア、まさかの生存確認!!『水炎の悪夢』とDNAが合致!懸賞金はまさかの三億七千万!!」
三億七千万…!?
女では最高の値じゃないだろうか。
超新星のジュエリーボニーでさえも乗らなかった大台のはずだが…。
「リア、てめぇこの活動再開したのはこの2ヶ月くらいだと言ったな?」
眉間にしわを寄せながら尋ねると、リアはうむ、と頷きながら手すりから飛び降りる。
「二ヶ月前にやるべきことは終わったし。頂上決戦からはずっとおとなしくしてたけど。」
「お前一体何をした?何をしたら一気に三億七千万なんて懸賞金がかけられやがる?」
まくし立てるように聞けば、リアはきょとん、とした顔で首を傾げていたが、やがて。
「あー、海軍の船を30隻ぐらい海の藻屑に。あとだれだったかな、バックラーとかいう海軍中将だったかを殺った。」
「バックラー?…あの海軍の超新星と言われてた奴か?」
この2年間くらいで流星のように昇進してきた海軍の期待の星だったはずだ。
飄々と答える彼女に、クルーたちの顎がはずれている。
「ちょ…ちょっと待てよ、お前ソロなんじゃなかったか…?」
ペンギンの言葉に誰もがうなずく。
「あなたたちのヤブ医者に心臓盗られるまではね。」
皮肉たっぷりに言うリアにローはニヤリと笑いかける。
んべ、と赤い舌を出し、リアがローを挑発するが、そこは特に気にしないことにする。
「てことは、お前一人でやったのかよ!?」
シャチの言葉にリアがへらへら笑いながら頷く。
「いやー、ちょっと久しぶりだったもんだから血が騒いじゃって。やりすぎちゃった。」
「おぉぉおい!」
あっけらかんと言うリアにシャチがビシィッとつっこみ、横ではベポが感心したように「ほぉぉ。」と声を上げている。
こいつは思ったよりすごい戦力になりそうだ、とローは一人満足げに頷く。
と、リアがバッグから手帳を出し、難しそうな顔をしてしまうと、こちらを向いて一言言った。
「あのね、このまま行くとアレがいるよ、なんだっけ、モクモク。」
モクモク?
北に向かってる気がしてたけど、ほんとに北に向かってたんだね、というリアに眉をひそめながら、思い当たる人物の名を告げる。
「白猟屋のことか?」
「んん?そうなのかも。あ、ほら、いつもかわいい眼鏡っ子と一緒にいる…。」
「スモーカーだな。船長の言う白猟屋はスモーカーのことだ。」
ペンギンが説明すると、リアはそれそれ、と言って頷く。
ローは眉間のシワをさらに深くしながらリアに問う。
「リア、てめェなんでそんなこと知ってやがる?」
「天才だから。」
間髪入れずに帰ってきたのはそんな冗談で、信用も何もありゃあしない。
ローはツカツカとリアに歩み寄るとその顎を持ち上げた。
「お前…海軍のスパイじゃ……。」
ねェな。
言いかけて自分にあきれる。
コイツは三億七千万の賞金首なんだった。
「ま、海軍のよこしたスパイではないけど、海軍に潜り込んでるスパイとは言えるかも。」
そう言ったリアが先ほどの手帳サイズのファイルを取り出す。
「見て、私のコレクション。」
「あ?」
手にとって開けば、そこには紙切れがたくさん挟まっていた。
「こりゃ…ビブルカードか?」
ローの言葉にリアがご名答!と指を鳴らす。
「集めるの結構大変だったんだよ?絶対に見つからないためには必要だけど、そう簡単に手に入らないし。」
見れば、スモーカーの他にもガープや戦桃丸など、名だたる海軍たちが入っている。
「まー、三大将が出てくることもないでしょうし、それくらいしかいらないかと思って最近やめてたんだけど、ローに心臓をとられてる今、安全に航海するには必要かもね。」
ベポが持ってきたコーヒーを飲みながら、リアが笑う。
わけがわからない。
ローは眉を寄せてリアを睨んだ。
「てめェどういうつもりだ?」
「んんん?なんで怒ってるの?それ便利でしょ?」
心外そうに言ったリアにローはそうじゃねェ、と呟く。
なんで仲間でもない奴にそんな大切なモン見せる?
「お前、ここのクルーになりたいなんて思ってないだろ?」
…まだ。
心の中で付け足せば、リアがんー…とうなる。
「けど、私の心臓返すつもりなんてないんでしょ?」
「あるわけねェだろうが。」
即答すれば、だからだよ、と帰ってくる。
「いいよ、最悪あんまりあなたが弱かったらあなたを殺す。」
「「「「「「!?」」」」」」
クルーたちに戦慄が走り、その場が凍る。
「て…てめェ…リア、今すぐ取り消せ!バラされるぞ!?」
「今度こそ何もできなくなっちまうよ!!」
「リア、謝り方わかる…?」
おい。
心の中でローは突っ込む。
なんで俺が殺される心配じゃなくて、今こいつがバラされる心配をしてるんだ、てめェらは。
「だからバラせないんだって。」
リアがそう言って苦笑する。
「ま、心臓盗られてるから闇討ちぐらいしかできないけどね。」
髪をかきあげて手すりにもたれたリアからコックが空になったカップを受け取る。
なんかお前たちこいつに甘くないか?と言うと、キャプテン、ナイスジョブですよ!と返ってくる。
「男どもが『水蜜の舞姫』が来たからって浮かれてるんですよ。」
二人しかいない女性クルーの一人、ナズハがふてくされたように言う。
「とかなんとか言いながらあんたもだいぶ可愛がってたよね、さっき。」
「お前もな。」
もう一人のアナが言えば、ナズハがそれをど突く。
こいつは女受けもいいのか、と思わず感嘆してしまった。
まぁ、職業のわりに気取らないところは女受けがよさそうだが。
そう言えば昨日こいつを見ていた客の中にも女がかなりいたような…。
ローは改めてリアを観察する。
昨日のような派手な衣装でもなく、それを隠す黒いマントでもなく、普通の格好…。
胸にはチューブトップ、下は少し緩い裾がきゅっとしまった七分丈のズボンで、腰には赤い数珠のようなもの…。
ふとローはコーヒーを飲む手を止める。
その数珠の真ん中、ちょうどリアのへそを挟むように顔の書かれた丸いオブジェが二つ…。
……絶対どこかで見てる。
なんだったか。
もうどうでもよくなって忘れたものだったような気もする。
だとしたら大したことではないのだろうが…。
「お前その腰の数珠はなんだ?」
試しに聞いてみると、リアは肩をすくめた。
「ローが知らないわけないし。忘れてるならそれでいいよ。」
なんだ、このモヤモヤは。
ローは眉間に深いシワを刻む。
思い出せない自分にも腹が立つが、はっきりしないリアの態度にも腹が立つ。
煮え切らない感情を燃やしながら、ローは深いため息をついた。